最近は副作用がないと信じて、不要なほどの漢方薬やサプリメントの類を毎日欠かさず摂取している人がいるらしい。そして、それらの過剰摂取によって、知らず知らずのうちに、腎障害や肝障害に至るケースが少なくないようだ。日本では透析を始めてしまうと、その後は絶望感に苛まれながら、限られた余生を全うせねばならぬようなケースも珍しくない。
確かに、外科などでは名医と呼ばれる医師が日本にも存在するけれども、腎疾患に関して言えば、北京中医薬大学東直門医院の王耀献医師が、真の名医と言えるかもしれない。中国の医療は遅れていると根拠なく叫ぶ人もいるが、中国では西洋医学と中国医学を同時に学んだ無数の医師が切磋琢磨しているから(当然ヤブ医者もいるようだが)、傷寒論を少しだけかじっただけのような日本の医師よりは、マトモな医師が多いように思える。黄帝内経さえロクに読んだこともない日本の鍼灸師からしたら信じられぬだろうが、中国では黄帝内経を暗唱する中医師など珍しくない。
腎臓は排毒に関係する重要な臓器の一つだ。もし腎臓が障害された場合、我々の体や生活には、どのような変化が現れるのだろうか。また、どのように腎臓を保護し、腎臓病の進行を防げば良いのだろうか。
十数年前までZさんは仕事も家庭も順調で、幸せだった。年齢は50歳に近づいており、肥満が目立って来ていた。Zさんは子供の頃から運動することが好きで、いつも体は絶好調で常に力がみなぎっていた。しかし、ある時、突如として不調が現れた。赤い尿が出たのだ。それはまるでトマトジュースやケチャップのような色だった。その後、病院で24時間分(3650ml)の尿を化学検査すると、尿は全て水に等しい状態であることがわかった。つまり、腎臓が体内の老廃物を排出出来ていなかったのだった。この時の腎クリアランス(腎臓の濾過能力)は14%だった。これはZさんの腎臓が完全に機能を失っていることを意味していた。医師は慢性腎不全に移行する可能性があるから、すぐに入院すべきだと言った。医師は様々な治療法を試したが、病状が好転することはなく、次第に悪化していった。入院して1か月ほど経っても、検査数値は悪化したままだった。医師は悪化する速度が速すぎると言った。Zさんが「私はこれからどうなるのか」と聞くと、医師は「長くても余命2年でしょう」と言った。Zさんは寝耳に水で強いショックを受けたが、どうすることも出来なかった。Zさんの妻はこの話を聞いて頭が破裂しそうになり、頭皮が異常に冷たく感じられた。もうどうすれば良いかわからなかった。Zさんは家に帰ると、事の重大さを強く感じるようになり、ベッドから起き上がることさえ出来なくなってしまった。当時は家に妻と2人だけで何もやる気にならず、トランプでポーカーでもして気を紛らわそうとしたこともあったが、カードを切る力さえ出なかった。腎不全はまことに恐ろしい病態である。Zさん夫婦はこの事実を受け入れることが出来なかった。ずっと誰よりも健康だったZさんが、なぜ突然、こんな重病を患うようになってしまったのだろうか。とにかく病状の進行を食い止めるため、腎不全の原因を探らねばならなかった。思い起こしてみると、Zさんは3か月前に突然高血圧になったことがあった。しかし、その時は大して問題ないだろうと思って気にしていなかったが、今思えば、腎不全と何か関係があったのではないかろうか、とZさん夫婦は考えた。
突然の高血圧と腎不全は大いに関係がある。高血圧と腎臓病の関係は主に2種類ある。1つ目は高血圧が腎臓損傷の引き金となるとなるケース(高血圧腎症、腎硬化症)で、2つ目は腎臓病が高血圧の引き金となるケース(腎性高血圧)だ。王院長が医学生だった頃、叔母が高血圧だった同級生がいた。その叔母は尿検査をしていなかった。医学部を卒業する時、その叔母が入院することになった。尿毒症だった。この時、王院長はすぐに悟った。叔母の高血圧は腎臓病が引き起こしていたのだと。この出来事があって以来、王院長は自分の研究室の大学院生には、2つのことを肝に銘じておくよう言いつけている。1つ目は「腎臓病の患者に出遭ったら、必ず血圧を測定すること」、2つ目は「高血圧の患者に出遭ったら、必ず尿検査をすること」だ。以上のことからZさんの病状を考察すると、腎臓病が高血圧の引き金になったと考えられる。つまり、腎性高血圧だったのだ。一般的に腎臓病は重症になればなるほど、高血圧を発症する可能性が高くなる。Zさんは高血圧を発症した時、すでに事実上は腎臓が機能していなかったのだ。高血圧は慢性腎不全の危険因子の一つで、高血圧患者の14.5%に蛋白尿がみられ、その内の10%の患者は腎不全になる。もし高血圧をコントロール出来なければ、5~10年以内に腎臓を損傷する可能性がある。尿の状態は腎臓の健康の指標になり、ほとんどの腎臓病は尿に異常が反映されるから、尿検査は重要である。
腎臓に異常が出た場合、尿はどのように変化するのだろうか。それは簡単な実験で確かめることが出来る。まず、水を入れたビーカーを2つと、大きめの注射器を2つ用意し、1つの注射器には水を、もう1つの注射器には卵白を混ぜた水を入れておく。そしてビーカーの中に、それぞれの注射器の中身を高い位置から注入する。すると卵白水が投入されたビーカーは水が泡立ち、泡が消えないが、水だけが投入されたビーカーは少し泡立つものの、すぐに泡が消えてしまうことがわかる。つまり排尿した時、便器の中の尿が沢山泡立ち、しばらく経っても泡が消えないようならば、尿に蛋白が多く混入している蛋白尿であると判断できる。では蛋白尿である時、腎臓はどうなっているのだろうか。蛋白尿が出る時は、事実上は腎臓が機能していないことになる。
高血圧以外に、腎臓病を引き起こす要因はあるのだろうか。高血圧よりさらに危険な因子になり得るのは糖尿病だ。糖尿病患者の34.2%が蛋白尿を発症する。これは糖尿病患者の1/3の割合であるから、非常に多い。もし糖尿病患者が腎臓を損傷した場合、尿毒症に至って透析が必要になる速度は、他の腎疾患に比べて14倍速い。ゆえに、糖尿病は慢性腎不全になる確率が非常に高い。したがって、糖尿病は腎不全を引き起こす最大の危険因子である。また、高尿酸血症も同様に危険因子となりやすく、痛風以外にも、腎結石、腎梗塞、間質性腎炎、急性腎不全、慢性腎不全の原因にもなる。ゆえに、如何にして腎臓を保護するかが、腎不全の最大の予防になる。予防として最も重要な方法は、まずは高血圧、糖尿病、高尿酸血症などの危険因子を確実に取り除くことだ。早期検査をするなど積極的な予防と治療を行い、血圧、血糖値、血中脂質のコントロールに努め、危険因子を排除しながら、腎疾患を未然に防ぐことが必要だ。
腎疾患の早期発見率は高いのだろうか。イギリスの著名な医学雑誌である『The Lancet』において、2012年に発表された論文である『中国における慢性腎疾患の疫学調査』によると、約5万人の成人した中国人(18歳以上)を対象に調査した結果、腎疾患の発症率は10.8%であった。中国には推計1.2憶人の慢性腎疾患患者が存在するが、国内での慢性腎疾患の認知度はわずか12.5%だ。中国における慢性腎疾患の認知度はなぜこれほどまでに低いのか。なぜなら腎疾患は早期の段階では、明かな臨床症状が現れないからだ。リスクが高い患者は定期的な尿検査や腎臓の超音波検査を行い、特に高血圧患者や糖尿病患者は、定期的な蛋白尿の検査が必要だ。腎疾患の患者は、病状が末期になってから病院へ訪れることが多い。腎疾患の初期症状がはっきりと現れないからだ。Zさんの場合も同様に、初期症状が無かったため、自分は健康であると思い込んでしまっていたのだ。症状に気が付いた時は、すでに病気の進行速度が上がってしまっていた。
病は雪崩のように襲い掛かってきた。元々は健康だったZさんにも、この病を前にしては、もうどうすることも出来ない状況だった。入院して1か月が経過した頃になってもZさんの病状は一向に好転する気配が見られず、どんどん悪化するばかりだった。医師からは余命2年を宣告された。Zさんは死ぬことは怖くなかったが、50歳で死んでしまうことがつらかった。Zさんの妻は『肾病300问』を2冊買って、ボロボロになるまで何度も読んだ。医師はZさんの妻に、「恐怖感に苛まれるだろうから、そういう本を読んではいけない」と言った。確かにZさんの妻は読んでいて怖くなったが、夫を助けたいという一心で、本を読み続けた。医師は死を宣告したが、Zさん夫婦はあきらめなかった。特にZさんの妻は、頑なに医師の宣告を受け入れなかった。Zさん夫婦は13歳からずっと一緒で、片時も離れたことがなかった。「夫が死んでしまったら、本当にどうすればいいのかわからない」と、Zさんの妻は言った。とにかく夫が元気でいてくれることが、妻の何よりの願いだった。Zさんの妻は死神と戦うことを心に決めた。
Zさんの妻は、名医と良薬を求めて、四方八方へ飛び回った。しかし、中々思うようにはいかなかった。しばらくして腎疾患の権威がいる病院があることを伝え聞き、夫を入院させることにした。入院した当初、Zさんのクレアチニンの数値は700以上だった。その当時、標準値は132とされていたが、現在、標準値は104と改められている。700を超えていたため、尿毒症と診断された。医師には「彼は呼吸器と循環器も障害されているから、助からないだろう」と言われた。病は全身を蝕んでいた。Zさんの妻は腎不全の恐ろしさを知った。全ての治療が無効な状況で、医師は透析治療を行うことにした。しかし、Zさんは透析が良くないものだと知っていたため、医師の提案を拒否した。また、経済的な負担の大きさと、透析によって永遠に病人になってしまうという恐怖感も、Zさんに透析を拒ませた。最終的には妻の支えにより、Zさんは透析治療に同意した。
2か月間の透析治療によって、Zさんの血清クレアチニンの値はだんだんと下降してきた。300前後までは下がった。しかし、それ以上に下がることはなかった。万策尽きた西医(西洋医学専門の医師)は、Zさんに退院と、中医(中医学専門の医師)の治療を勧めた。主治医の勧めにより、Zさん夫婦は腎疾患が専門の中医を訪ねることにした。Zさんは期待していなかったが、他に方法がなかった。Zさんは中医で治るなんて信じておらず、「まさに‟死马当活马医(可能性が無くてもやってみる)”という状況だった」と言った。しかし、「山穷水尽疑无路,柳暗花明又一村(行き詰まったとしても、何らかの活路はある)」という故事があるように、奇跡が起こった。中药(≒漢方薬)を飲み始めて1か月余りが過ぎた頃、とうとう全ての数値が正常な値に戻ったのだった。
Zさんの担当医だった中医師の王院長は、当初は治せるという自信がなかった。なぜならZさんを紹介した西医師が電話で、「もし、Zさんの血清クレアチニンの数値を下げることが出来たならば、我々西医は中医に跪(ひざまず)いてやろう」と言ったからだった。王院長は「私も神ではないから治せるかどうか断言は出来ないが、何とかやってみよう」と返答した。
「私にも治せない病気は沢山あります。医学は万能ではありません。また、中医を神格化することは出来ませんが、中医を否定することも出来ません。しかし効果が無ければ、こんなに多くの患者は集まらないでしょう。中医の腎臓病に対する治療は主に2パターンあります。1つは西洋薬が効いたパターンです。この場合は、中医は治療をそれに合わせ、西洋薬の副作用や合併症を減らし、再発しないようコントロールします。または、再発の回数を減らします。もう1つは、西洋薬が全く効かなかったパターンです。この場合は、中药(≒漢方薬)をメインに治療します。病気をコントロールし、腎不全の進行を遅らせ、患者のQOL(生活の質)を高めます。腎臓病の患者の多くは、中医薬と西洋薬を合わせた治療が、最も効果があったと言います。」
腎不全や尿毒症に至った場合、腎臓にはどのような変化が起こるのだろうか。また、慢性腎臓病はなぜ腎不全に至るのだろうか。なぜなら、腎組織や腎臓の細胞が徐々に線維化してゆくからだ。それは皮膚が傷ついて、瘢痕化する過程に似ている。腎臓病の原因は様々であるが、原因によって腎臓内部の変化が異なる。しかし1つ確実に言えることは、慢性腎臓病から腎不全に至る場合、みな同じ経過をたどるということだ。つまり、繊維化だ。この過程は収穫した後のマンゴーに似ている。腎臓は線維化が進むと、収穫後のマンゴーのように徐々に小さくなって、委縮してくる。腎臓病になってしまったら、腎臓を保護し、腎臓の線維化を阻止したり、線維化を遅らせることが最も重要になる。
王院長の上司である东直门医院の吕仁和教授が発表した「微型癥瘕(weixingzhengjia)学説」というものがある。「癥也 有形而可征也 瘕假也 物以成形也」ということだ。「癥瘕」とは中医学的な病名であり、癥は形がハッキリしているもので硬結や腫瘍のことだ。瘕は形が明確でないもののことだ。つまり「癥瘕」とは腹部にある腫瘍のことだ。では「微型(マイクロ)」とは何か。これは腎臓内部の病理的変化のことだ。中医は望聞問切の四診によって患者を診るわけだが、腎臓内部の状態を診ることは出来ない。現代的な医療器具であるマイクロスコープなど用いなければ、診ることが出来ない。腎臓病が長引くと、腎臓局部で気が滞り、瘀血が溜まることによって、腎臓の機能が低下する。そして、腎臓内部が線維化するようになる。これが「微型癥瘕(小さな硬結が多く集まって、線維化したように見えること)」だ。経脈と水路が塞がれ、尿毒症になるのだ。
腎臓病では通常、6つの中药(≒漢方薬)を使う。王院長は研究を重ねた結果、腎臓病を予防し、抗腎線維化作用がある基本薬物を黄芪、当归、三七、海藻、牡蛎、鳖甲(すっぽんの甲羅)とした。黄芪、当归、三七には益气扶正、养血活血の効果が、海藻、牡蛎、鳖甲には软坚化积、消癥散结の効果がある。Zさんにもこの処方が出された。この処方は腎臓病全般に使うことが出来る。患者によってはこの処方で著しい効果が見られることもある。その典型例として、昨年、60代の男性患者にこの処方を出した時の話がある。この患者は十数年ずっと高血圧で、幸運にも腎臓の機能は正常だったが、2013年に左腎に腫瘍が見つかり、左腎を摘出してしまった。それにしたがって、血清クレアチニンの値が上がってしまい、人づてに王院長のもとを訪れることになった。王院長は彼を診断したあと、「あなたは長年高血圧だったせいで、腎臓の機能が低下していた。さらに、今は片方の腎臓を切除しているため、腎機能は確実にその機能を果たせなくなってしまったのです。それが血清クレアチニン上昇の原因です」と言った。王院長はこの患者にも、Zさんと同様に、六味药(6種の漢方薬)と、补气(気を補う)作用がある堂参を少し加えて処方した。その結果、この患者は予想を大きく上回る回復をみせ、処方して1か月を過ぎた頃に再検査すると、血清クレアチニンの数値は標準値に戻り、出ていた症状も全て消えてしまった。その後、この患者は半年間、中药を飲み続けているが、未だ血清クレアチニンの数値は正常だ。
汤药(煎じ薬)は服用に手間がかかるため、長期間飲み続けられない人が多い。では、簡単に継続出来る方法はあるのだろうか。王院長が昔、考え出した方法がある。1998年、中国東北地方にある病人がいた。比較的裕福な患者だった。ゆえに彼は腎臓病を患って以来、中国全土に医者を求めた。东北三省、上海、北京の名医に診てもらったが、検査数値は一向に下がらず、中医である王院長に診てもらうことになった。しかし王院長は診察をしてすぐに、彼の病状が重くないことを診抜いた。彼の血清クレアチニンの数値は160前後で、問診では腰のダルさとを訴え、わずかに蛋白尿がみられたが、貧血症状は無かった。そこで、王院長はこの患者に「あなたは‟病轻心重(病は軽く、心が重い)”だ。‟心思太重(ひどく考えすぎ)”ですよ」と言った。また、「気丈でいなさい。‟恐则伤肾(恐れは腎を傷つける)”と言うように、怖がることは腎臓に良くないですよ。怖がる必要はありません。確かに腎臓病は不可逆性の病ではあるけれども、進行を遅らせることは出来ます。この薬を頑張って飲み続けることです」と言って、簡単な処方を与えた。粉末にした生薬を、カプセルに詰めて飲むのだ。この処方を飲み続けて以来、1998年から2014年現在までの16年間、彼の化学検査(血清クレアチニン)の数値はずっと160~180の間を維持している。この処方は高価であるため、主に経済的に恵まれた患者に処方しているが、効果は非常に良い。
上記の患者に出した処方は、粉末状にした冬虫夏草、西洋参、三七を1:2:3の割合で混ぜ、カプセルに入れたものだ。これを1回3粒、1日3回服用する。これは古方(*『傷寒論』や『金匱要略』に記されている古来の処方)ではなく、王院長が臨床を経て、経験的に考え出した独自の処方だ。冬虫夏草には保腎作用、西洋参には補気作用、三七には化瘀(瘀血を溶かす)作用があるが、この3つの薬物には抗腎線維化作用もあり、腎疾患の進行を遅らせることが出来る。「この処方は栄養を補う性質があるため、長期間の服用も問題ありません」と王院長は言う。
王院長のおかげで、Zさんは初診時から数年間は、各検査数値は非常に安定していた。しかし運命の悪戯か、Zさんは再び災難に見舞われた。ちょっとした外科手術が、Zさんを再び死の淵に追いやることになった。胆石が胆管を塞いだのだった。病院でERCP(内視鏡的逆行性胆道膵管造影)検査が終わった後、その直後は調子が良かったのだが、それから2日ほど経った後、Zさんは妻に「尿が出なくなった」と言った。結局、Zさんは丸1日尿が出ず、尿が出そうな感覚も無かった。Zさんの妻はすぐに悪い予感がして、ただちにZさんを病院へ連れてゆき、検査させることにした。すると、血清クレアチニンの数値が900を超えていることがわかった。医師は「腎不全だ。血清クレアチニンの数値が高すぎる」と言った。2回目の腎不全で、初回よりも検査数値が上がっており、Zさん夫婦は強いショックを受けた。黄疸、腹水、血清クレアチニンの上昇がみられたため、すぐに透析をする必要があった。この日は1月15日、しかも日曜日で、医師は午前中で退勤していた。 基本的に日曜日は休診で医師が出勤していないから、Zさん夫婦は路頭に迷うことになった。主治医は、この事態を知って焦った。透析室へ行ったが、誰もおらず、機械が動かせないのだ。何の処置も受けられないまま、すでに19時が過ぎていた。Zさんは2回目の検査を受けることになった。血清クレアチニンの数値は1000を超えていた。Zさんの妻は検査結果が書かれた紙を見せられたが、泣く事さえ出来なかった。絶望の中、Zさんの妻は王院長に電話してみるしかないと考えた。
王院長は自宅で家族と元宵節のお祝いをしていたが、Zさんの妻から事情を聞くと、「少し時間を下さい。10分後にまたかけ直します」と言って電話を切った。しかし、10分も経たないうちに連絡があり、「直ぐに病院へ来なさい」と言った。しかし、道路には雪が積もっており、Zさん夫婦は救急車でゆっくりと病院へ向かうしかなかった。車の窓は吐息で曇っていたが、外を見ると、レストランで楽しそうに祝祭日をお祝いしている人々や、お祝いの爆竹を鳴らしている人が見えた。Zさんの妻は彼らを見て、「私達は今助けを求めているが、もうダメかもしれない。」と考え、怯えた。Zさんが救急車で搬送されている頃、东直门医院ではすでに王院長が医療チームを結成していた。Zさんの容態は重篤であったため、病院へ着くと、すぐにICUへ運ばれた。王院長はZさんを一目見て、今回はいつもと違うことに気が付いた。Zさんの妻は傍らで夫を見ながら、本当にもう終わりだと思った。緊迫した一夜が過ぎ、翌日の朝、目を覚ましたZさんが妻にこう言った。「ちょっとこっちへ来て。おしっこがしたい」。Zさんの妻はこの一言を聞いて、「助かった」と思った。Zさんは、この2006年の1月15日は、永遠に忘れられない日だと言う。王院長率いる医療チームのおかげで、2度目の死の淵から救われたからだ。ZさんはICUでの緊急治療が終わった7日間後、一般病棟へ移ることになった。Zさんの家族は非常に喜んだ。Zさんの病状も徐々に好転していった。「そんなことが出来るはずがないとか、中药(≒漢方薬)で奇跡が起こるはずがないと言う人がいるかもしれませんが、夫には本当に奇跡が起こったのです」とZさんの妻は言った。4か月に渡った治療を終えると、Zさんの血清クレアチニンの数値は再び正常化し、2006年5月、Zさんは4か月ぶりに職場復帰した。
Zさんの場合、一度目は薬物による腎不全だった。腎臓は薬物を排出する重要な器官だが、一方で最も薬物性の損傷を受けやすい器官でもある。急性腎不全の内、1/3以上が薬物性障害によるものだ。腎臓を守り、腎不全から遠ざけるための重要事項がある。それは、薬物性腎障害を起こしやすい薬物を出来る限り避けることだ。では、どのような薬物が腎臓を損傷しやすいのであろうか。以下に列挙する。
①解熱・消炎・鎮痛剤の類(風邪発熱、頭痛などに使われる薬、芬必得〔フェンビッド〕など)
②腎毒性の抗生物質(庆大霉素〔ゲンタマイシン〕、万古霉素〔バンコマイシン〕など)
③腫瘍化学療法薬(抗がん剤、阿霉素〔ドキソルビシン〕、顺铂〔シスプラチン〕など)
④心疾患用の血管造影剤
⑤脳血管障害用の脱水剤(甘露醇〔マンニトール〕など)
その他、薬物アレルギー(薬物過敏症)も薬物性腎障害の原因になる。头孢菌素(セファロスポリン)、青霉素(ペニシリン)はアレルギー反応で腎不全を起こす。では中药(≒漢方薬)なら安全かと言うと、そういうわけでもない。昔から「药三分毒(薬には三分の毒あり)」と言うように、中药にも西洋薬と同様に腎毒性のリスクがある。実際に、1993年、ベルギーの学者が、苗条丸という減肥作用のある中药(≒漢方薬)を服用した2人の女性が進行性の薬物性腎障害を起こしたことを発見した。その後、ベルギーでは2000年までに苗条丸を服用して薬物性腎障害を起こした症例が105例に達した。その内の43例は、透析または腎移植をしなければ生命が維持出来ないほど、重症であった。その後、調査によって、苗条丸に含まれていた马兜铃酸(アリストロキア酸)が原因であったことが判明した。
Zさんが2度目の入院をしてから、8年が過ぎた。あれ以来、腎臓の症状は悪化していない。王院長が処方した薬を飲み続けて14年が経った。水量に換算すれば、3トン以上の煎じ薬を飲んだ計算になる。Zさんは体の調子も良く、精神もハツラツとしている。現在、Zさん夫婦は退職し、悠々自適な老後生活を楽しんでいる。「これまで、私達は同じ病気を患う人々を沢山見てきました。亡くなった人もいれば、透析をするようになった人、腎移植をした人もいました。しかし、夫は健康な人と変わらず、家族と一緒に生活出来ています。夫は今も一家の大黒柱です。14年前、夫は不幸にも腎臓を患ってしまいましたが、王院長のような名医に出逢えたことで、病気も良くなりました。だから、今は本当に幸せです」とZさんの妻は言った。