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恐怖!あなたの知らない「美容鍼」

 

 

 

美容鍼灸と疼痛鍼灸

 
西洋医学と中医学を真面目に勉強している鍼灸師であれば、現在、日本で流行している美容鍼灸の手技や経営方法について、釈然としない感じや、漠然とした不信感を抱いているかもしれません。
 
たまに「先生は美容鍼はしないんですか?」と患者さんから質問されたりしますが、私は今後もやるつもりはありません。その一つの大きな理由としては、レーザー治療やダーマペン、光治療、ケミカルピーリングなどの科学的かつエビデンスに裏付けられた先進的な技術が次々と出現している現状において、それら最新の美容術と、古典的な鍼と灸という道具しか扱えない一般的な美容鍼灸を比較した場合、果たして高い料金を設定してまで美容鍼を施術する価値があるのかどうか、患者にどれだけのメリットがあるのか、そもそも鍼灸師が救うべきは医師に見放された慢性疼痛疾患および難病の患者ではないのか、という疑問を未だ払拭できていないからです。
 
実際に、美容に特化していなければ、鍼灸治療の効能は多岐にわたります。特に病院や専門外来において全く改善が見られなかったような疼痛、難病の部類においては、鍼灸が最も優れた効果を発揮できるようなケースが多々あります。例えば、当院のような筋肉を主な指標とした刺鍼法を行う鍼灸院においては、慢性頭痛も慢性腰痛も、器質的病変が見られなければ1~5回程度の施術で痛みを完全に取り除くことが可能です。例えば急性的な内反捻挫のような病態であっても、当院では1~3回程度の施術で痛みを完全に取り除くことが可能で、一般的には施術翌日から運動できるようになり、3週間ほどで完治します。以前、日本で著名な鍼灸師の施術を週1回、10回以上受けたにも関らず、全く痛みが取れず、テーピング固定を外せぬまま過ごしていたという患者が過去に来院しましたが、2回の施術で完治させました。要するに、有名な鍼灸師であっても有能であるとは限りませんし、どの鍼灸院へ行っても同じような効果を享受できるとは限らないのです。
 
1人の鍼灸師が一生涯に施術できる患者数は限られています。それゆえ、鍼灸師として患者と向き合うのでれば、鍼灸が最も効果を発揮できる、慢性疼痛疾患を中心に治療したいと常に考えています。ちなみに、慢性疼痛疾患患者数を調査した正確なデータはありませんが、おそらく日本国内だけでも、数千万人以上は存在するのではないかと推察されます。数多の先進的な美容術を、医師の下で安心して享受できる現状において、現代の鍼灸師がやるべきは、医師が治せぬ慢性疼痛性疾患や難病の類の研究と実践であると、個人的には考えています。
 
 

美容鍼灸の法的な限界と実情

 
一方、病院で比較的安価かつ革新的な美容術を享受できる現代において、鍼灸のみでそれを実現しようにも、かなり無理があると言えるかもしれません。つまり、美容鍼灸においては、法律上、鍼灸師が使える道具は基本的に鍼と灸のみですから、当然ながら技術的な限界があるわけです。もちろん、刺鍼時にパルス治療器などを併用することは可能ですが、刮痧(guasha、かっさ)や拔罐(baguan、ばっかん、カッピング)、あんま・マッサージを鍼灸師免許のみで行うことは、法律上禁止されています。未だに刮痧拔罐を授業で教えている鍼灸学校がある影響か、美容鍼灸とそれらを併用している鍼灸師も実在するようですが、厚生労働省に確認したところ、現状では医師免許を持っていなければ、鍼灸師免許単独であんま・マッサージ、刮痧拔罐を施術することは違法だそうです。
 
このように、法的な制限によって、使用できる医療器具が限られている状況下では、西洋医学的な美容術に勝るような、患者の要求に応えられるような、安価かつ革新的な美容術を鍼灸のみで実現しようにも、現状では明かな限界があると言えます。
 
もちろん、美容鍼には西洋医学的な施術に無いメリットもあります。細い鍼であれば痛みが少なく、副作用などの心配もほとんどありません。しかし、美容鍼において重視されている「創傷治癒によるコラーゲン産生」などという観点から考えると、西洋医学的なレーザーなどの施術と比較した場合、細い鍼だけでは創傷の程度が小さいため、劇的な皮膚の新陳代謝は望めない可能性があります。つまり、レーザー治療で機械の出力を上げること、ピーリング治療で薬剤の濃度を上げること、美容鍼で鍼の直径を太くすることは、副作用の可能性が高まる半面、明らかな効果を得るためには不可欠であると言えます。
 
鍼は直径が太くなればなるほど痛みが伴う上に、毛細血管や神経組織を損傷する可能性が高まるため、一般的な美容専門鍼灸院では、痛みの少ない細い鍼が使われることが多いようです。もちろん、医師免許があれば、麻酔薬を皮膚に塗布して、痛みを最小限に抑えて刺鍼することが可能かもしれません。しかし、医師免許を持つ鍼灸師は稀ですので、現実的には刺鍼時の痛み、内出血、神経障害などを避けることが最優先事項となり、細い鍼を使うことが最善の選択肢となります。つまり、患者の満足度を高めるために、最大限の創傷治癒を促したいのはヤマヤマであるが、デメリットを考慮するとリスキーな施術は避けざるを得ない、という状況に陥ってしまう可能性があるのです。
 
 

美容鍼の意義と矛盾点

 
現在、美容の専門家は世の中にはゴマンと存在します。特に、医療の発展によって、確実に効果を出すことができる、美容専門の医師も増えてきました。こういった状況を鑑みると、美容鍼専門の鍼灸院において、高い料金を支払い、それ相応の対価を得ることが可能なのだろうか、という疑問が出てきます。つまり、最新のレーザー治療やピーリング治療にかかる同等またはそれ以上の料金を支払い、果たして、それ以上の効果を得ることが出来るのだろうか、ということです。
 
もちろん、選択は個人の自由ですから、レーザーほど劇的な変化がなくても良い、刺激の少ない美容鍼の方が個人的には合っている、単なる慰安で良い、という方もいるでしょう。そうであるなら、美容鍼の存在意義もあるでしょう。しかし、ここでは、美容鍼をコストパフォーマンスの観点から考察してみたいと思います。
 
現在、美容鍼の1回あたりの施術代金はピンキリですが、例えば3万円まで支払えると仮定し、肌のくすみや肌荒れを目的として、レーザー治療と美容鍼のどちらを受けようかと考えてみます。確かに、レーザー治療は施術時の痛みが強く、皮膚を火傷する可能性があるというデメリットがありますが、皮膚の新陳代謝、コラーゲン産生を促すことができる、という大きなメリットがあります。ケミカルピーリングも機序は異なりますが、肌を確実に新生させることができ、火傷する可能性がある、という点に関してはレーザーと同じです。
 
一方、美容鍼も創傷治癒や軸索反射などによる血流改善によって、代謝が促され、肌が変化する可能性はあります。しかし、レーザーの場合、一瞬の1照射で数百発以上の極微細な傷を皮膚に与えることができますが、美容鍼の場合は1回の施術で多くても数十本から100本程度の傷しか与えることができず、しかも、一般的には刺鍼時の痛みを抑え、可能な限り内出血や神経損傷を避けるため、鍼先が丸く、直径0.1~0.2mm程度の鏡面仕上げレベルの鍼を使うことが多いため、レーザーほどのダメージを肌に与えることはできません。逆に言えば、作用が少ない分、副作用が少ないと言えます。つまり、作用反作用の法則と同様に、リスクとベネフィットのバランスは絶対的なものであり、効果を得るためには、それなりのリスクを覚悟しなければいけません。
 
ちなみに、近年、美容皮膚科で導入されているダーマペンは、針尖が鋭利な針で角質層を貫き、表皮、基底層、真皮まで穿刺することで基底層に存在する繊維芽細胞などを確実に傷つけ、ヒアルロン酸やコラーゲン、ケラスチンなどを産生させ、皮膚の状態を改善させることが出来るようです。確かに、フラクショナルレーザーやダーマペンで皮下2mmほどの深度に穴をあければ、目に見えた効果はあるかもしれません。一方、美容鍼に関して言えば、麻酔なしで1回の施術で数千本刺鍼することは、労力を考えると現実的ではありません。
 
多くの美容専門の鍼灸師が引き合いに出す美容鍼による創傷治癒という観点と、フラクショナルレーザーによる創傷治癒の科学的観点を比べてみても、肌へのダメージが大きいほどコラーゲンの産生、肌の生まれ変わり、新陳代謝を促すことができる、という点は同じはずです。しかし、美容鍼においては、内出血や神経の損傷を回避することが最優先事項となるため、可能な限り肌への負担が少ない鍼を使うことが最良の選択肢となります。つまり、「美容鍼で創傷治癒を促し美肌にします」という話と、「美容鍼には副作用がありません」という話には、明かな矛盾がみられます。安全かつ副作用がほとんど無いような鍼灸術で、果たして法令線やシワ、シミなどを消して美肌に導くことなど可能なのでしょうか?レーザーよりも副作用のない安全な施術で、レーザーが成し得ないような変化を実現することは可能なのでしょうか?
 
しかしながら、現状では、美容鍼のメリットばかりが強調されており、美容鍼施術後に内出血や顔の違和感、神経障害と思しきを症状を訴える患者が一定数存在するというデメリットに関しては、実際にはあまり報告、議論されていないように思われます。これはフェアなやり方ではありません。それゆえ、美容鍼を行う前に、鍼灸師自身が美容鍼に関しての正しい知識、メリットデメリットをわかりやすく患者に告知しておくべきであると考えます。
 
 

美容鍼が流行した一因

 
美容鍼はうまくやれば、低コストで多額の利益を上げることが可能です。その証拠に、美容鍼でいかにして儲けるかという鍼灸師向けの高額セミナーなどが、定期的に開催されており、業者向けの営業メールなどが頻繁に送られてきます。一部の鍼メーカーも美容鍼のブームに便乗し、美容鍼専用の鍼を大々的に生産しています。実際に、鍼灸学校へ通う前は社会的弱者同然だったような人が、国家免許取得後に美容鍼で一儲けして、メディアなどでセレブ気取りでふんぞり返るのは、もはや珍しいことではありません
  
 

日本鍼灸の現状

 
とにもかくにも、マスコミに踊らされた大衆は猫も杓子も美容鍼というという感じですが、巷では、そのリスクについて語られることは皆無に等しい状況です。それゆえ、患者も施術者も、美容鍼において考えられるリスクをしっかりと考察しておくべきであると思います。
 
ちなみに、鍼灸師は一応は国家資格であるため、専門学校で医学的な知識を一通りは学んでいます。しかし、医学生が医学部で学ぶ内容に比べると、鍼灸学生が鍼灸学校で学ぶ量は遥かに少ないです。したがって、卒業後など、独学でコツコツと勉強しない限り、現代医学についての正確かつ詳細な知識が足りないケースが少なくないようです
 
現在、日本においては、いわゆる経絡治療またはそれに類する治療法が多くみられます。主には脈診や腹診のあと、数本の鍼を浅く刺すだけの鍼灸治療であると考えられます。昨今になって、ようやく日本の鍼灸業界においても、エビデンスとか科学化などと叫び出しているわけではありますが、世界最先端を行っている中国針灸と比較すると、日本では未だに鍼灸治療における解剖学的かつ科学的要素が重視・実践されていないに等しい状況です。
 
その証拠に、日本では、医師が積極的に鍼灸治療を勧めたり、保険適応で気軽に鍼灸治療を享受できるような状況には未だ至っておりません。これは日本鍼灸が依然として科学的裏付けに乏しいという1つの証拠と言えるかもしれません。ちなみに、欧米ではすでに鍼灸が保険適応となっており、近年、アメリカではトランプ大統領がHR6という法律を認可させています(「アメリカで鍼灸が動き出した日」)。ついでに言えば、現在の日本の鍼灸治療においては、未だ鍼灸の神秘主義的な面ばかり強調される傾向にあり、詳細な解剖学的および最新の医学的知識の必要性が排除されがちであるがゆえに、誤刺による類似した刺鍼事故が繰り返されているのだと推察されます。例えば、肩井というツボや膀胱経2行線上への不適切な刺鍼による気胸事故などです。
 
例えば、日本の鍼灸学校で学ぶ「はりきゅう理論」という教科書がありますが、実際に中国の医学部で使われている教科書と見比べて見ると、日本の教科書においては、刺鍼事故や鍼の禁忌について書かれたページが非常に少ないようです。一応は、「リスク管理」という項目を設けて10ページ程度にまとめられてはいますが(2008年時点)、まだまだ十分な内容とは言えません。
 
 

日中鍼灸リスク管理の差異

 
ちなみに、鍼の本場中国では、半世紀近く前から刺鍼事故についての研究が進められており、刺鍼事故についてまとめた研究書や、穴位(ツボ)の安全深度と危険深度を細かく研究した解剖書が多数出版されています。特に、上海中医药大学终身教授である严振国が1970年代に経穴解剖学科および中医応用解剖学科を創設したことで、中国では经穴断面解剖学经穴层次解剖学经穴CT扫描图像解剖学などの研究が盛んになり、刺鍼事故に対する意識が高まると同時に、病巣深部への適切な刺鍼が容易になり、鍼用具の改良・進化も飛躍的に進んだ結果、瞬時に痛みを無くすことが可能な小针刀疗法浮针疗法、黄帝针などといった画期的な刺鍼法が発明され、科学的かつ再現性のある鍼術を提供できるようになりました。
 
一方、日本においては、浅野周先生が2006年に翻訳した刺鍼事故の本以外、特にこれといった本は出版されていません。そのためか、日本では、未だに刺鍼深度について漠然と議論したり、比較的簡単な慢性腰痛や慢性頭痛の類でさえ、科学的かつ再現性のある刺鍼法によって1回で劇的に改善させたり、3回以内で完治させることができる鍼灸師が少なく、学会で「どうすれば慢性腰痛や慢性頭痛を治せるのか?」などと議論しているような有様です。
 
これはつまり、鍼灸師自信が各穴位に対する安全深度および危険深度の明確な知識を備えていないことが一因として影響していると推察され、実際に、施術時の刺鍼深度に明確な基準がないとか、己の感覚のみを頼りに漠然と刺鍼しているとか、安全深度が同じ穴位においても刺鍼深度が一定していないとか、浅い刺鍼では効果がないと言って無暗やたらに刺鍼深度を深くしすぎてしまうとか、結果として刺鍼事故につながってしまうケースもあるようです
 
 

日中鍼灸発展の差異

 
ちなみに中国では、古来より医師が鍼灸を施術するようになっているため、西洋医学が流入した近代に至ると、急速に鍼灸の科学化が推し進められ、現代では、レントゲンやCTなどの画像診断に基づいた刺鍼法が実践されるようになりました。
 
一方、日本では、江戸期より杉山和一ら視覚障碍者(盲人)が鍼灸を独自に体系化、発展させた、というような事情により、近代では医師免許を必要とせずに鍼灸術を行える「はり師・きゅう師」という免許が生まれ、鍼灸業と医業は明確に分離され、現代においては、一般的に、鍼灸術は鍼灸師の専業となりました。もちろん、医師は医療業界において万能であるため、鍼灸師免許がなくても医師免許のみで鍼灸を行うことが可能とされましたが、非科学的なモノを認めない西洋医学をミッチリと学んだ医師が日本鍼灸に興味を示すはずもなく、近代以降、鍼灸師と医師はそれぞれ別の道を歩むようになりました。確かに現在、鍼灸と西洋医学を併用する医師が現れるようになりましたが、全体からみると、まだまだ少数派です。
 
このような経緯により、現在に至っても日本の鍼灸師は法律上、画像診断を行うことができず(鍼灸師による診断行為や、鍼灸師が「〇〇医」や「〇〇医院」などの名称を用いることは違法)、どうしても感覚的な部分に頼らざるを得ない、という事情があります。また、規制緩和によって視覚障碍者以外に、健常者が鍼灸を行えるようになった現代においても、杉山和一らが考案した日本独自の鍼灸術の影響を色濃く残す鍼灸流派が多く、結果として、鍼灸の科学化が遠回しにされてきてしまったように思われます。
 
実際に、杉山和一が考案したとされる管鍼法は日本鍼灸のベースとなり、現在でも日本の鍼灸学校では片手挿管など、鍼管操作における習熟が必須となっていますし、日本国内に流通している鍼の大半は鍼管付きです。
 
杉山和一は江戸時代の人ゆえ、管鍼法を発明した真意については知る由もありませんが、おそらく、全盲者でも正確かつ安全に、狙った穴位(ツボ、経穴)へ刺鍼できることを第一の目的とし、考案された刺鍼法であると推察されます。近年になって、中国でも针管(鍼管)入りの針が商品化されてはいますが、現在も多くの中医は、针管を使わずに刺入する方法を好んで採用しています(日本で言ういわゆる撚鍼法)。ちなみに、中国には様々な刺鍼法が存在しますが、基本的な刺鍼法は提插法捻转法の2種類であるとされています。
 
つまり、中国針灸は、施術者は基本的に医師免許を取得した健常者であること、中国伝統医学を伝承・発展させるためには西医(西洋医学を専門にする医師)との連携・共存が不可欠であったこと、などの要因によって、結果的に針灸の科学化が必然となったのであると推察されます。
 
一方、日本鍼灸は、杉山和一ら視覚障碍者(盲人)が管鍼法を考案したこと、按摩と同様に鍼灸が視覚障碍者の専業とされた時期があったこと、医師と鍼灸師が分業されたことなどの要因が影響し、鍼灸の科学化が遅れたのであると推察されます。実際に、規制緩和によって健常者が鍼灸を業とすることができるようになったものの、杉山和一ら視覚障碍者が日本鍼灸中興の祖となった影響は計り知れず、現在も、医師に非科学的とか似非科学であるなどと揶揄されるような鍼灸術が一部で隆盛しています。ちなみに、杉山和一は現在、神として神社に祀られており、熱心な鍼灸師は毎年お参りしているようです。
 
 

中医学と「東洋医学」

 
もし、中国のように、医学部を卒業しているなら、中医とは言っても基本的な思考ベースは西医と同様、西洋医学ですから、鍼灸を科学的に捉えることは容易であるようです。ちなみに、中国の医師は主に西洋医学専門の西医と、中国伝統医学専門の中医の2種に分類できますが、中医は6~8年の修業年限で西洋医学と中医学の両方を勉強しなければなりません。
 
一方、日本の鍼灸師も鍼灸専門学校で西洋医学を学びますが、修業年限が3年であるため、概論しか学ぶことはできません。しかも、同時に、いわゆる「東洋医学」も学ばねばなりませんから、非常に限られた時間内で西洋医学を学ばねばなりません。結果的に、学校で学べる西洋医学は概論のみとなるため、アタマの中は「東洋医学」が主となりがちで、医学部で学んだ中医師のように、鍼灸を科学的に捉えることは難しいようです。
 
そもそも、鍼灸学校で学ぶ「東洋医学」は、中医師が医学部で学ぶ中医学とは、内容が全く異なります。「東洋医学」とは、日本独自の呼称であり、狭義の意味の場合、それ自体がどの医学を具体的に示しているのか、甚だ理解しがたい状況を呈しています。
 
その証拠に、欧米(英語圏)で針灸を業としている人々は一般的には「東洋医学」という言葉を用いず、「TCM(Traditional Chinese medicine、中国伝統医学)」という用語を用いており、彼らの鍼灸理論は、明確に中国伝統医学を論拠としているケースが多いようです。
 
一方、日本においては、広義でない「東洋医学」が中国伝統医学なのか、アーユルヴェーダなのか、東アジアにおける古代医学の断片をい摘んで日本的に咀嚼した日本独特の医学なのか、その実態がめぬまま漠然と「東洋医学」を学び、鍼灸師となってからも「東洋医学」を論拠に鍼灸を業としているケースが非常に多いのです。ゆえに、中医師や欧米の鍼灸師と同じレベルで、科学的な視点から詳細に針灸を捉えることは容易ではありませんし、ましてや、西洋医学専門の医師と鍼灸を語り合うことなど、不可能に近いのです。
 
さらに、「東洋医学=中医学」ではない証拠として、中医学で最も重視し、中医師が針灸理論の拠り所としている「黄帝内経」や「針灸大成」、「針灸甲乙経」、「針灸聚英」、「針灸問対」、「針灸摘英集」、「針灸玉龍経」などといった、重要な針灸経典を扱う医古文専門の授業が、「東洋医学」の習得を謳う日本の鍼灸学校のカリキュラムには存在しないことが挙げられます(2008年時点)。
 
また、正統な中医学に基づいた針灸理論において、「得気(得气)」は最も基礎的かつ重要な用語であり、上記の古代針灸書にも、現代の中医師が記した鍼灸書にも、必ずと言って良いほど得気得气)はもちろん、侯气、催气、守气、行气などについての詳細が記されています。しかし、「東洋医学」を重んじる日本の鍼灸学校で採用されている教科書においては、「得気」についてさえ、詳細な記述がなく、例えば「はりきゅう理論(2008年版)」においては、一部に「得気」についての記載があるものの、「得気」本来の意味には触れられておらず、索引にさえ「得気」の項目が見当たりません。
 
つまり、中医学で最も重要な医古文の授業と、中医理論で最も基礎的かつ重要な用語である「得気」が欠落した「東洋医学」は、中医学と同等の存在であるとは言えず、むしろ、中医学の断片から派生した日本特有の伝統医学であると言えるかもしれません。もちろん、西洋医学と対比させる文脈で「東洋医学」を使用した場合は、東アジアにおける伝統医学全般を指すことになると思われます。
 
さらに、「東洋医学=中医学」と言えない証拠として、一例を挙げておきます。そもそも、多くの中医経典には、「得気を病巣部に至らせなければ、針の効果を得ることはできない」というような意味の言葉が記されています。そのため、中国で最も権威のある人民衛生出版社の《中医大辞典》には、「历代针灸医家都十分重视针刺的得气,认为“刺之要,气至而有效”。(歴代の針灸医家はみな得気を非常に重視しており、彼らは“得気は刺鍼の要であり、(患部に)気を至らせることによって効果を得られる”と考えていた。」と記されています。
 
実際に、針は太ければ太いほど「得気」を起こしやすいため、中医は好んで太い針を用いるようです。このことは私が取引している中国最大手かつ中国中医科学院直属の針製造メーカーの社長が断言していました。
 
一方、一部の「東洋医学」においても、「得気」は「ひびき」として認識されてはいますが、積極的に鍼を響かせる方法は一般的ではなく、むしろ「得気」が病巣に至った結果である刺鍼後のだるさや筋肉痛を否とする刺鍼理論が実在し、ひびきの出やすい太い針は好まれない傾向にあります。実際に中国に比べ、日本では細く、短い鍼を好んで使う鍼灸師が多いようです。
 
このように、「東洋医学」を限定的な観点から論じた場合、中医学と「東洋医学」の間には、様々な相違点が見られます。特に、日本で「東洋医学」の第一人者などと呼ばれている人々が中国語を解せず、中医経典の原典でさえ自力で読み解けず、どこぞの誰かが日本語訳にした書を拠り所にしているような現状も併せて鑑みると、日本鍼灸界における「東洋医学」に、果たして医学と呼べるほど緻密に体系化された内容があるのかに関しては、未だ甚だ疑問があります。
 
 

鍼灸とエビデンス

 
たとえ、「私はエビデンスを重視している!」などと主張している鍼灸師がいたとしても、常に画像診断が可能で、幅広く深い西洋医学的知識に裏付けされた医師から見れば、井の蛙になりがちです。実際に、科学的根拠のないことを科学的であるかのように吹聴し、極端な癖論で患者を惑わす鍼灸師は少なくありません。早急に西洋医学的な処置が必要な気胸や、感染症、骨折などの外科的疾患でさえ、鍼灸で治せると豪語する輩も実在します。こういった鍼灸師は刺鍼事故を起こしたり、針灸自体の評判を落とす可能性があるゆえ自粛されるべきですが、残念ながら、昨今の日本鍼灸界では、このような一部の鍼灸師がもてはやされる傾向にあります。
 
なぜ、現在の日本の鍼灸師の大半は眼が見えるのに、その目で最も有効かつ客観的なエビデンスとなり得るレントゲンやCTなどの画像診断を軽視し、目に見えない「気」や「エネルギー」に重きを置いた鍼灸術が日本で優勢なのかを考察すると、主には客観的かつ科学的に診断する術を奪われた鍼灸師という特殊な資格と、近代まで視覚障碍者(盲人)たちが日本鍼灸を担ってきたという特殊な歴史が影響していると考えられます。
 
それゆえ、中国で古代から重視されてきた得気などといった刺鍼後の感覚よりも、目が不自由であるとか、または視力に制限があるがゆえに、なるべく不要な刺鍼を避け、最低限の刺鍼で済ませることを目的としたような、脈診や腹診などによる刺鍼前の感覚を特に重要視した、「鍼を刺さずして治す」、というような日本特有の神秘主義的鍼灸術を生み出す土壌となったのかもしれません。
 
もちろん、中国でも古代は針の加工技術が拙く、深部への刺鍼が困難であったため、井穴なども用いた遠隔治療や、上病下治、下病上治、左病右治、右病左治などのような特効穴を用いた刺鍼術が採用されていたわけですが、細く、強靭で精巧な針が製造されるようになり、画像診断が可能となり、刺鍼時の安全深度と危険深度の研究が進んだ現代においては、患部へ直接刺鍼する方が良いケースがあるということがわかり、日本鍼灸のような浅鍼一辺倒な風潮はすでに存在していません。必要があれば安全深度の範囲内で深く刺しますし、必要がなければ浅く刺すだけです。
 
とにかく、本来、鍼灸治療において最も重要なことは、まずは治癒率を上げることより、施術時の安全性を高めることであるはずですが、刺鍼深度や解剖学的禁針穴など、最低限のリスク管理について、しっかりとした認識のある鍼灸師はまだまだ少ないようです。
 
 

美容鍼における6つのリスク

 
美容鍼は副作用がないとか、安全だとか騒いでいる御仁がおられるようですが、考えられる副作用・リスクはいくつか存在します。とりあえずは、主なリスクを6つに絞って解説します。ここでは、万が一のため、リスクが極めて低い項目についても記しておきます。極めて低いリスクであっても、事前に知識としてストックしておき、慎重に刺鍼すれば、このようなリスクは回避することができるはずです
 

1:内出血の他に、手指消毒不良などによる有菌操作で細菌性ショックを起こす可能性
出血傾向または易感染傾向にある患者は顔面部の刺鍼によって酷い内出血が起こる可能性がある。また、施術者の手指消毒不良や刺鍼部位の消毒不良、その他鍼灸用具の滅菌不良などによって重篤な細菌性感染を引き起こし、最悪の場合はエンドトキシンが産生されて敗血症性ショックを起こす可能性がある。トキシック・ショック症候群はヒトの皮膚の常在菌である黄色ブドウ球菌が原因となるので、易感染傾向にある患者であれば、不適切な刺鍼によって容易に感染が起こり得る。実際に、「Gnatta JR, Kurebayashi LF, Paes da Silva MJ (2013). "Atypical mycobacterias associated to acupuncuture: an integrative review". Rev Lat Am Enfermagem 」によれば、「A 2013 review found (without restrictions regarding publication date, study type or language) 295 cases of infections were reported, mycobacterium was the pathogen in at least 96%. Likely sources of infection include towels, hot packs or boiling tank water, and reusing reprocessed needles.」と記されている通り、アメリカでは2013年に明らかになった刺鍼による感染事故だけで295例あったと言われている。日本ではディスポ鍼を使っていれば安全だと盲信している鍼灸師や患者が多いが、実際には「towels, hot packs or boiling tank water, and reusing reprocessed needles」などから感染するリスクが高いと言われている。日本でも、特に散見されるのは施術者の手指消毒の不徹底である。
*ちなみに、2011年に発表された「Ernst, E.; Lee, Myeong Soo; Choi, Tae-Young (2011). "Acupuncture: Does it alleviate pain and are there serious risks? A review of reviews"」によれば、2000~2009年の間に95件の刺鍼事故が報告されており、そのうち5件で死亡事故が発生したと記されている。「Ernst, E.; Lee, Myeong Soo; Choi, Tae-Young (2011). "Acupuncture: Does it alleviate pain and are there serious risks? A review of reviews"」には、「The most frequent adverse events included pneumothorax, and bacterial and viral infections」とも記されている。

 

2:ディスポ鍼に付着したシリコンオイルとEOGによる害
シリコンオイルが塗布されている鍼を刺鍼した場合、シリコンオイルの人工成分が皮下に残留するか、体内へ取り込まれて臓器、細胞、脳を犯す可能性がないとは言い切れない。一般的に、シリコンオイルは毒性が低く、アレルギー反応が少ないと言われているが、人工生成物であるため、完全な無害ではない。そもそも、自然界でさえ無害なものは少なく、天然由来の水や酸素でさえ、過剰に取り込めば有害である。したがって、患者の状態や刺鍼状況によっては、シリコンオイルでショック症状を起こす可能性はゼロではない。また、現在流通しているディスポーザブル(使い捨て)の鍼の多くはEOG(エチレンオキサイドガス)滅菌が施されており、新品未開封の鍼にはEOGが微量ながらも残留している可能性がある。EOGの危険性(特に発癌性のリスクがある。詳しくは「エチレンオキサイドガス滅菌作業」「ガス滅菌とその安全性について」を参照)については、かなり前から指摘されているが、その危険性について知っている鍼灸師は多くない。上記リンクで山口大学医学部附属病院医療材料物流センターの井東光枝氏がEOG滅菌された医療材料を介して被害は起こりうる。ガスの毒性や物質表面に吸着する性質を利用して滅菌するのであるから、滅菌終了直後の被滅菌物には高濃度のEOが付着している。と述べている。現在、美容鍼で使用されている鍼には、切皮痛と刺入痛、刺入の容易さを優先するため、シリコンオイルが塗布されているものがある。さらに、その多くがEOG滅菌処理されている。

 

3:刺鍼によって、内出血が止まらなくなったり、過度の炎症、ショック症状を起こす可能性
 鍼施術は、まれに軽度な内出血を伴うことがある。鍼治療で使われる鍼は直径0.16~0.3mm程度で、注射針(0.7~0.9mm前後)に比べると遥かに細い。一般的に美容鍼で使用される太さは太くても直径0.2mm以下であり、一般的には、刺鍼によって血管をひどく損傷したり、出血が止まらなくなることはないと考えられる。しかし脳血管障害(脳梗塞、脳動脈瘤など)や、心疾患(心筋梗塞、狭心症、心室・心房中隔欠損症、ファロー四徴症など)、肺塞栓症、腎不全、高コレステロール血症、閉塞性動脈硬化症、バージャー病、大動脈瘤などの病態が基礎疾患としてある患者に関しては、針施術は大きなリスクになる可能性がある。これらの疾患で処方されている薬には主に血液をサラサラにする作用があり、これらの薬を服用している場合、細い鍼を使ったとしても一度に沢山の鍼を打てば、施術後に出血が止まりにくくなったり、過度の炎症が引き起こされる可能性がある。また、刺鍼の刺激が過度であったり、患者が低血糖であるなど不安定な状態であれば、施術中に迷走神経脊髄反射など、ショック症状を起こす可能性がある。以下に一例として、血液をサラサラにする薬品名を列挙しておきます。
 
・ワーファリン
・プラビックス(クロピドグレル)
・バファリン
・バイアスピリン
・エパデール
・オパルモン(リマプロスト、プロレナール)
・プレタール(シロスタゾール)
・アンプラーグ(サルポグレラート)
・セロクラール(イフェンプロジル)
・パナルジン(チクロピジン)
・コメリアン(ジラゼプ)
・ロコルナール(トラピジル)
・ドルナー(プロサイリン、ベラプロスト)
・ケアロードLA(ベラサスLA、ベラプロスト)
・ペルサンチン(アンギナール、ジピリダモール)
・プラザキサ(ダビガトラン)

*以上の薬以外にも、似たような作用を持つ薬があります。詳しくは医師にお尋ねください。

 
ちなみに当院では刺鍼によるリスクを可能な限り避けるため、初診時には以下の項目を患者自身にチェックしてもらっている。リスク回避について真剣に考えている鍼灸院であれば、この程度の項目をチェックさせることは当然であろうと思う。美容鍼をやるやらぬに関わらず、以下の項目によって、刺鍼前に最低限のスクリーニングを実施することは重要であろう。
 
・現在、ひどい頭痛や発熱、吐き気、めまい、動悸、息苦しさ、空腹感、疲労感、酩酊感などがある。 (はい・いいえ)

・現在、ステロイドホルモンの内服または投与、腎不全などによる腹膜透析や血液透析を受けている。 (はい・いいえ)

・ヨードやアルコール(エタノール)などを含む薬品を使用して不快感、ショック症状などを起こしたことがある。(はい・いいえ)

 
・先天性代謝異常または後天性代謝異常(糖尿病、高脂血症、甲状腺機能低下症など)がある。 (はい・いいえ)

・ヘビースモーカーで、1日1箱以上のタバコを吸っている。 (はい・いいえ)

・過去に冠動脈疾患、血栓症、脳梗塞、心筋梗塞、狭心症、高血圧症、高コレステロール血症、閉塞性動脈硬化症、バージャー病、大動脈瘤、血友病などと診断され、現在、抗凝固療法を受けたり、抗凝固薬(ワーファリン、ヘパリン、ウロキナーゼ、アスピリンなどの抗血小板薬)や、血管を拡張させる薬(コニールやアイスラールなど)を常用している。 (はい・いいえ)

・現在、癌(がん)や癌の骨髄転移、白血病などが原因で放射線療法や化学療法を受けている。 (はい・いいえ)

・先天性心疾患(心室/心房中隔欠損症、ファロー四徴症、肺動脈狭窄症など)、肥大型心筋症、大動脈弁狭窄症、心不全、高血圧性疾患(高血圧性脳内出血、高血圧性網膜症など)と診断されたことがある。 (はい・いいえ)

・肝疾患、白血病、血友病、感染症などによる易感染傾向や出血傾向、免疫不全などがある。 (はい・いいえ)

・ペースメーカーや人工心肺などの体内植込型/装着型医用電子機器を使用している。 (はい・いいえ)

・過去にアナフィラキシーショックを起こしたり、てんかん発作や心臓神経症、パニック様症状、過呼吸、貧血、迷走神経脊髄反射などが原因でショック症状を起こしたり、失神したことがある。 (はい・いいえ)→(症状名:                 )

・多嚢胞性腎症、大動脈縮窄症、マルファン症候群、エーラースダンロス症候群、全身性エリテマトーデス(SLE)など、脳動脈瘤や血栓症を合併しやすい病気にかかっている。 (はい・いいえ)→(診断名:                        )

・脳内出血(高血圧性脳内出血、クモ膜下出血)、脳梗塞、冠動脈性心疾患、一過性脳虚血発作、高血圧性脳症、肺塞栓などの血管障害を起こしたことがある。 (はい・いいえ)→(診断名:                       )

・敗血症、膠原病、紫斑病(シェーンラインヘノッホ病など)、壊血病、遺伝性出血性毛細血管拡張症(ランデュオスラーウェーバー病)、血小板減少症、再生不良性貧血、脾機能亢進、消費性凝固障害(DICなど)、フォンウィレブランド病、ビタミンK欠乏症など、血液凝固因子に異常がみられ、出血性素因や凝固活性化があると診断されたことがある。 (はい・いいえ)

・抗リン脂質抗体症候群(APS)、妊娠合併症、習慣性流産やピル等による血栓症を起こしたことがある。(はい・いいえ)

・現在、ピルなどの経口避妊薬を常用している。または妊娠中、妊娠している可能性がある。 (はい・いいえ)

・豊胸手術やその他の整形術、骨移植、臓器移植などに伴い、体内に人工物などを埋め込んでいる。また、脳血管障害や心疾患などによってステントを入れたり、静脈瘤手術で静脈を切除したり、人工肛門手術をしたことがある。 (はい・いいえ)

 

4:消毒薬の副作用によってアナフィラキシーショックを起こす可能性
刺鍼前に刺鍼部位を消毒しなければならないことは、あはき法第6条に「事前消毒の義務」として規定されている。日本では、「アルコールは冷えるから良くない」などと言って、これを尊守せずに刺鍼している鍼灸団体もあるが、ここでは消毒によって起こりうる医学的な常識について記す。皮膚消毒に用いる薬剤として最も抗菌スペクトルが広いのは、70~80%程度の濃度のアルコール(消毒用エタノール)であることは常識である。しかし、消毒効果が高ければ高いほど生体へのダメージは強くなるため、医療現場ではアルコールに対するアレルギーがある患者に対しては、クロルヘキシジン(ヘキザックやヘキシジン)を使うことが推奨されている。また、ヨードに対するアレルギーがある患者も存在し、病院など医療機関での消毒薬の使い分けはもはや常識となっている。しかしながら、病院ではアルコールやヘキシジンなどの消毒薬の使い分けが常識となっているが、このことについて知らない鍼灸師は少なくない。ちなみに、ヘキシジンは傷口や粘膜部分には使用してはならない。また、他の薬剤の知識に関しても、例えばアルコールといえども、不衛生な万能つぼに綿花を長期間漬け置きにしたり、消毒薬を継ぎ足して使っていればセラチア菌や緑膿菌が繁殖する可能性があることや、1枚ずつ個別包装されている使い切りのアルコール綿花が最も安全であることも、あまり知られていないようだ。さらに、ヘキシジンの適切な濃度、粘膜や傷口、目や耳の周りなどへの使用、広範囲の使用が禁忌であることを明確に理解している鍼灸師も少ないように思われる(このような鍼灸師は学生時代の教育に問題があったのかもしれない)。ゆえに、このような基本的な消毒薬の知識を持ち合わせていない不勉強な鍼灸師や、施術前に消毒に関する必要な問診を行わない鍼灸師は、不適切な皮膚消毒によって事故を起こす可能性がある

 

5:消毒薬の反復使用によって、皮膚炎を起こす可能性
顔面部に刺鍼する場合、抗菌スペクトルの最も広いアルコール(消毒用エタノール)が用いられることが多い。しかし、アルコールは消毒部の皮膚上の水分を奪い、皮膚表面の常在菌を死滅させる可能性があるため、高頻度に顔面の消毒を行った場合、皮膚本来のバリア機能が低下し、皮膚炎などを起こす可能性がある。刺鍼前の消毒は、あはき法に消毒義務として明記されているため、消毒せずに刺鍼することは違法となる。このため、アルコールを含有しないヘキシジンなどで顔面部を消毒するケースもみられるが、万が一、ヘキシジンが粘膜や傷口に触れた場合や広範囲に使用した場合、アナフィラキシーショックを起こす可能性がある。

 

6:危険三角域への不適切な刺鍼で急性髄膜炎を起こす可能性
次項で詳述します。
 

 

危険三角域への不適切な刺鍼で急性髄膜炎を起こす可能性

 
現在、日本で行われている美容鍼は顔面部への刺鍼が大半を占めるわけですが、体幹部同様、顔面部においても刺してはならない部位(禁鍼穴)が存在します。ちなみに、愚かな鍼灸師は古典にあるような禁鍼穴のみに囚われてしまうわけですが、実際は医学的、解剖学的観点に基づいた現代的禁鍼穴にこそ、注目しなければなりません。その中で最も気を付けなければならないのが、医学的に言う「危険三角域」です。おおよそ眉間を頂点、両口角を基点とした、眼頭と鼻部、上唇部をカバーするような領域です。
 
眼窩上下方・内側には頭部の深静脈が出入りしていますが、特に上眼静脈、下眼静脈は他の静脈に比べて太く弁がないため、顔面領域の細菌感染が脳の深部へと波及する経路になり得ます。つまり、この危険三角域への不適切な刺鍼によって、眼窩、鼻腔、顔面上部での感染が発現し、それに続発して起こる敗血症様の発熱や急性髄膜炎などが起こる可能性があるのです。実際に、上唇部や鼻部に出来た腫れ物などの化膿性炎症が起こると、それ由来する細菌が眼角静脈経由で海綿静脈洞(頭蓋腔)に侵入し、この静脈網に血栓症を引き起こすことがあります(鼻毛を抜いた穴から化膿性炎症、細菌感染を起こして死に至るなど)。これは医学的には海綿静脈洞血栓症候群と呼ばれ、凝血塊が静脈を閉塞させる感染症の一つで、最悪は急性髄膜炎に発展します。急性髄膜炎においては、主に発熱、頭痛、吐き気、嘔吐、痙攣、意識障害その他の精神症状が出現します。神経学的には項部硬直、Kernig徴候、Brudzinski徴候が認められ、さらに悪化すると脳神経障害や脳巣症状が発現することがあります。
 
鍼が使い捨ての新品であったとしても、鍼灸師自身の手が不衛生であったり、施術部位の消毒を怠っていたりすると、容易に感染が起こり得ます。なぜなら、患者の皮膚に常在菌やその他の汚れに由来する細菌・ウイルスが存在することはもちろん、無菌室でない限り、浮遊菌、落下菌、付着菌など、そこら中に菌が存在しているからです。私はこれまで、有名無名を問わず、鍼灸師が実際に施術する場面を多々見てきましたが、残念なことに、完璧に衛生管理が出来ていると思える鍼灸師に出会うことはほとんどありませんでした。ちなみに、鍼灸学校の教員においても、正しい衛生管理の理解と実践がなされていない場合が少なくなく、私が鍼灸学校に在籍していた頃、実技の授業の時にディスポ鍼を使う際、開封してから、空気に暴露させておく時間が長いほど感染リスクが高まるという、極々基本的なことを理解していない教員がいました。最近は、「ディスポ鍼を使っていれば安心だろう」などと安易に考えている患者が非常に多いですが、正しい消毒法が実践されていなければ、安全とは言えないことを理解しておくべきでしょう。
 
実際に、日本の鍼灸業界では、未だに消毒薬をハンドラップに継ぎ足しながら使用したり、ステンレス製の万能つぼに浸したアルコール綿花を使用しているような状況が散見されます。私が学生だった頃は、某鍼灸学校の付属施術所においても、このような状況が見られ、正しい消毒方法に関する内容は教科書にも明記されておらず、教員による指導も行われていませんでした。
 
通常、万能つぼで消毒用綿花を管理する場合、万能つぼの定期的な再生業務(洗浄・滅菌)が必須ですが、知識不足から再生業務を怠って消毒薬を継ぎ足したり、不衛生な手指で直接、万能つぼ内の綿花に触れるケースが見られます。ステンレス製の万能つぼは一般的に気密性が低く、短時間で消毒薬が揮発します。万が一、乾燥した消毒綿花を使用した場合、消毒効果が得られないばかりか、不適切な管理によっては、万能つぼ内でセラチア菌や緑膿菌などが増殖し、感染リスクが高まります。
 
したがって、現在、ステンレス製の万能つぼに消毒薬を注いで綿花を浸す、という前時代的な方法は、病院ではすでに一般的ではなく、滅菌済かつ高気密型のディスポ万能ツボを用いた消毒薬や、個別包装型の消毒薬が主流になっています。しかしながら、日本の鍼灸業界では、未だに旧式の消毒法が用いられているのは事実であり、施術時の感染の可能性を完全に否定することはできません。とにかく、顔面部と脳は近接しており、顔面部への刺鍼によって脳内血管に悪影響が出る可能性はゼロではない、という事実を認識しておくべきでしょう。
 
現在、日本には自称ゴッドハンドとか、〇〇の第一人者であるなどと自作自演的に騒いだり、メディアを過剰なくらいに利用して、患者を貶めている鍼灸師がいるようです。しかし、実際には経歴詐称、学歴詐称、学歴ロンダリングなどの虚偽行為によって、多くの注目を集めている輩も実在します。したがって、そのようなフェイクに騙されないよう、患者は常に客観的かつ冷静な分析を行い、鍼灸に関する正確な情報を選び取る必要があると言えます。