タンポポの効用
松江の北京堂にいた頃、「結婚した当初は食費を減らすために、野草を摘んで食べていたんですよー」と言っていた、美人な患者がいた。
東京では奥多摩を除き、野草を食べて生活することなんてことは、不可能に近い。それゆえ、野草を食べて生活できるなんて、松江は何と素晴らしい土地なのであろうか、と感動した。
松江へ向かう数週間前、東出雲人である師匠に、松江が如何なる場所なのかを問うたことがあった。すると師匠は、「冬は犬しか歩いていないから」と答えた。
純朴なシティボーイはこれを聞き、松江はもはや鳥取砂丘もろとも、人が住めぬほど荒廃したデスバレーの如き様相を呈しているのかと想像していたわけだが、実際には、松江は野菜生活100ならぬ野草生活100が可能な、豊かな土地であることがわかった。
そういえば、師匠が東出雲で北京堂を開いていた頃、自宅の植木鉢で大麻を栽培していた松江人が、お縄を頂戴したのちギックリ腰になり、手錠をかけられたまま、警官に連れてこられ、治療してやった、という話を聞いたことがある。
確かに、私が松江にいた頃、ある患者が「〇〇山には大麻が自生している」と証言していたから、自宅で大麻を栽培することも可能らしかった。とにかく、松江の自然は豊かであった。
うちの近所で採れそうな野草と言えば、タンポポくらいだ。しかし、他人が所有する空き地であるから、許可なく摘み取った場合、お縄を頂戴する可能性がある。
私が子供の頃、多摩川の土手で、無許可にむしり取ったつくしんぼを煮付けて食べてるのが好きだ、というお婆さんが近所にいた。しかし今となっては、野草を食べる人はほとんど見かけなくなった。まぁ、草団子を作るために、ヨモギをむしっているような人は、東京にもまだいるかもしれない。
ちなみに中国では、タンポポ(蒲公英)は、ベーシックな中药(生薬)の1つとして知られている。
昔、中国のある漁村で、村人たちがある魚を食べて、中毒になったことがあったそうだ。中毒になった者は次々と死んでいったが、何故か、タンポポを食べた者だけは生き残った。
その後の研究で、タンポポの成分には主に解熱や解毒(清热解毒)、消炎殺菌(消炎杀菌)、抗腫瘍(抗肿瘤)などの効果があることがわかり、鼻炎や乳腺炎、化膿性炎症、潰瘍、皮膚疾患、悪性腫瘍、虫や蛇に咬まれた傷などにも用いられるようになった。
また、古代中国で「薬王」と呼ばれた孙思邈は『千金要方』の中で、こんな話を書いている。
「ある日、私は手の甲をぶつけて切り傷を負った。傷は日に日に腫れ上がり、途方にくれていた。すると、どこからともなく老人が現れ、『あだん!あんた何しとる?タンポポすり潰して、その傷に塗ってごしなはい』と言った。老人に言われたとおり、新鮮なタンポポをすり潰して傷に塗ると、すぐに腫れが引き、傷が治った」
中国では、一般的に鲜药(生の薬草)は、内服よりも外用に用いる方が効果が高いと言われている。それゆえ、鲜药はその効能から、神話に出てくる仙药と同等だとか、灵丹妙药だ、などと言われ、今も好んで、わざわざ鲜药を処方する中医もいる。
そもそも古代中国では、現在のような乾燥させた薬草は一般的ではなく、中医は生の薬草を用いることが多かった。いわゆる郎中(村の中医)が患者を診る場合、四診によって患者の処方を考えたのち、患者を治療所で待たせたまま、郎中自身が裏山へ行って適当な薬草を採取し、生のまま調合して、外用または内服にて患者に用いる、というのが普通だったらしい。
当時は人口も少なく、村のコミュニティ自体も小さかったから、郎中が診る患者も自ずと少なく、新鮮な薬草を用いることが可能だったのだろう。
しかし、人口が増えてコミュニティが拡大してくると、患者が訪れるたびに入山して薬草を採る、という過程が困難になってきたため、次第に干药(乾燥させた薬草)を用いるようになったようだ。
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