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「北京堂式(浅野式)」の判別法

 
 
 いつの間にか、誰かが「燕堂系列」とか「燕堂式」などというカテゴリーがあると騒ぎ出した。しかも、どうやらそのカテゴリーは当院や私の弟子の鍼灸院のことを指しているらしい。ちなみに私は、そういうカテゴリーやら刺鍼法やらを提唱したことは、これまで一度たりとも無い。当院で採用しているのは、あくまで師匠から教わったベーシックな北京堂式である。
 
そもそも私は北京堂の内弟子であったゆえに、今でも始祖のやり方を忠実かつ素直に踏襲しているから、系列で分類するならば、当院は明らかに北京堂系だ。実際に島根にいた頃から、師匠と私の施術を体験したことがある患者の中には、私が刺鍼した時の感覚や効果を「お師匠さんとほぼ同じです」と評価する人がいる。まだまだ全てが師匠と同じというレベルには至っておらぬと日々自戒しているが、とりあえず刺鍼法に関してはあまり大差がないらしい。
 
そりゃあ、今でも定期的に師匠の刺鍼法を見学しに行ったり、色々と自分なりに研究しているから、年を経るごとに精度は増しても、北京堂式から大きく逸脱した刺鍼法になることはあり得ない。何より、師匠から教わった方法で刺す方が最も効果的であることは、何年か試しているうちに自ずと理解出来たから、中国の文献などから随時新しい刺鍼法を取り入れることはあっても、他の方式へ移行しようという気など起こらない。
 
しかし、自分の知らぬところで勝手にカテゴライズされるとは、全く恐ろしい話だ。「北京堂という名前をつかってはいてもその内容が著しくちがう系列があるようです。北京堂系列、二天堂系列と燕堂系列などがありますがが当院は…」などと、本当の内弟子だった人々を営業妨害的に陥れようと喧伝する马马虎虎な輩もいるようだ(漢字も句読点の打ち方もマトモに知らぬ輩のようだから、文章を一瞥しただけでお里が知れるが)。
 
まぁ、「燕堂系列」云々に関しては、「東京つばめ鍼灸」を誤用しているようで完全な営業妨害にはならなそうな感じだから、今のところは放置しておいてやろう。とにかく最近は北京堂の内弟子でもないのに弟子だと主張する輩が、ハッタリかまして患者を集めようとするケースが増えているようだ。
 
当院のインスタグラムやフェイスブックでは、実際の刺鍼画像や動画を公開している。自称北京堂の弟子とやらが公開している画像と見比べれば、北京堂の刺鍼法を知っている人であれば素人であったとしても、どちらがより北京堂的であるかを理解出来るであろうと思う。
 
ちなみに、北京堂で正式な内弟子であった人は師匠のウェブサイトにてHPがリンクされている。このページには「黄色は、北京堂の内弟子がやっているところ」と記されているが、これは濃い黄色でマーキングされている鍼灸院のことであって、薄い黄色でマーキングされた鍼灸院の鍼灸師は内弟子ではない。また、「北京堂鍼灸」の屋号を使うことが許されているのは内弟子だった人だけだから、「北京堂鍼灸」という屋号を掲げて営業している人は内弟子である可能性が高い。
 
ここで「可能性が高い」と言ったのは、今後「北京堂鍼灸」と言う屋号を使う部外者が出た時のための安全策だ。つまり、「北京堂鍼灸」という屋号は、未だ師匠の意向によって商標登録されていないから、今後、「北京堂鍼灸」という屋号を騙って悪どく患者を集める輩が出てくる可能性は十分にありえる。ちなみに、当院が屋号を変更した経緯はこちら。当院の屋号やロゴはすでに商標登録してあるから、インチキを働く者が現れたら、法的に対処することが可能だ。
 
「淺野周先生に秘技を伝授されました」などと嘯いて患者を集めている鍼灸師が存在することは、以前から知っていた。このような鍼灸師に関しては、私が島根に住み始めた2010年以降、遠方から通院していた患者から随時通報があった。当時は私も師匠と同様にHPでメール相談を受け付けていたのだが、「○○県にある、この鍼灸院は北京堂の弟子でしょうか」というメールがたまに来て困っていた。例えば当院へ通院していた某患者が他県へ出張した際、北京堂式を採用している弟子だと謳う鍼灸院で施術を受けたものの、「おたくと違って、ほとんど刺さず、響きもなくて効かなかった。あの鍼灸院は本当に北京堂の弟子なのか」ということがママあったのだ。
 
ちなみに、医療廃棄物(産業廃棄物)の不法投棄で逮捕された鍼灸師が新橋で経営していた「北京○○○鍼灸院」というところを、北京堂の総帥がいる鍼灸院だと思い込んでいた患者がいた。で、そこで施術を受けてみたものの、回数券と高い漢方薬を売りつけられただけで治らず酷い目にあった、という患者もいた。ここの院長は釈放された後、現在も屋号を変えて営業しているようだが、とりあえずは北京堂の関係者であると勘違いされることがなくなって良かった。
 
これまでの師匠の弛みない努力によって、北京堂というブランドの価値が上昇してきたわけだが、その反面、ニセブランドが台頭してくるようになった。こういう状況は、世の常なのかもしれない。将来、師匠がいなくなったあとは、「私が正当な北京堂の継承者です」などと嘯く輩も現れるやも知れぬ。
 
現在、内弟子だった人で自分の好きな屋号に変えて営業しているのは、一番弟子だった中野先生が経営されている神戸の「二天堂鍼灸院」と、四番弟子だった馬場先生が経営されている大阪の「BABA鍼灸」、五番弟子だった私が経営している「東京つばめ鍼灸」の3つだけだ(正確に言えば私は六番弟子だが、私よりも先に弟子入りした人は事実上破門になってしまっている)。
 
去年くらいから、師匠側の意向で北京堂式を浅野式と呼ぶようになったのは、最近、北京堂式を謳う亜流が増えてきていて、実際に患者を惑わせるような事例が出てきているからだろうと思う。当院にも、未だに「北京堂式を実践しているという鍼灸院で治療してもらったが、刺し方が全く違った」という患者からの通報がチラホラある。
 
今も師匠の元には、全国から多くの弟子希望者や見学者が毎日のように訪れているから、弟子でもないのに「私は弟子だ」とか主張したり、実際に数回見学に来ただけで「浅野先生に北京堂式を伝授された」などと嘯く鍼灸師が現れるのは、止むを得ないのかもしれない。これは北京堂式が、素人に毛が生えたような鍼灸師が実践しても、一定の効果や再現性があるゆえだろう。
 
師匠はこれまでに内弟子を10人ほど養成してきたが、2012年頃に「もう弟子を取るのは止めた!」と宣言しているから、実質的には2012年頃までの内弟子が本当の内弟子でなのであろう。
 
2012年に何故、師匠が突如として内弟子を取ることを止めにしたかと言うと、当時弟子入りしていたNちゃんという鍼灸師がそもそもの発端になっている。この時の予定では、Nちゃんが島根の北京堂を引き継ぐ予定だったのだが、北京堂を引き継ぐには技量不足だということで、Nちゃんは実質破門になってしまったのだった。
 
師匠にしてみたら、1年間マンツーマンで手取り足取り、貴重な時間を割いてまで教えてきたのに、北京堂を引き継げるほどのレベルに達し得なかったもんだから、「もう弟子を取るのは止めた!」ということになったのだった。ゆえにその後は内弟子と一緒に開業して、しばらくしてからその鍼灸院を内弟子に引き継がせる、というスタイルは止めになった(親族からの反対もあった)。
 
北京堂の弟子は基本的に鍼灸だけを業としている。あんま指圧マッサージ師の免許を保持している弟子はマッサージもやっている。しかし、整体やら足裏リフレ、アロママッサージ、骨盤矯正などは師匠自体がやらないし、推奨していないから、内弟子だった人は鍼灸かマッサージしかやらないようだ。
 
本来、師匠が鍼灸だけを業として30年以上も食っているように、師匠からマンツーマンで北京堂式を教わり、その教えを再現出来ている内弟子は、内職や怪しいサイドビジネスなどをしなくとも、鍼灸施術だけで十分に食って行けるようになっている。実際に当院は師匠の教え通りやっているせいもあってか、ヤラセ的に広告なんぞ打たなくとも、年々口コミ患者が増え続けている。
 
つまり、内弟子だった鍼灸師は、師匠から教わった刺鍼法で大抵の痛みや可動域制限は治すことが出来るし、それだけでも多くの患者が集まって忙しくなるから、北京堂式以外の鍼灸をやる必要が無いし、ましてやわけのわからぬ手技で患者を集めようという気も起こらないのだろう。
 
だから自称弟子が、「頑固な痛みを北京堂直伝の鍼で回復させます!」とか、「北京堂で習った刺鍼法で多くの患者様が改善しています!」などと騒いでみても、結局は北京堂式以外の手技を採用しているならば、師匠が教えた鍼灸の効果を最大限に引き出せていないことを暗に示しているのかも知れず、北京堂の本当の内弟子のようなレベルに至っていない可能性もある。
 
だいたい、鍼灸や按摩以外の手技を業として活路を見出そうという時点で、鍼灸師としては終わっていると私は考えている。日本の鍼灸師は法律上、中国の中医のように中药(漢方薬)を使えぬから片手落ちな状況だけれども、それでも中医は主に針灸や推拿(按摩)だけでも最大限の効果を出そうと、日々研究し、努力している。本来、針灸や推拿にはそれだけの効果が実在する。
 
特に北京堂式という効果的な鍼灸技術を伝授されているならば、鍼灸のみであっても、日々トライアンドエラーを繰り返し研鑽を積んでゆけば、より高い効果を引き出すことが出来るだろう。
 
ロクに研究も努力もせずに、鍼灸で治せぬからと言って、整体やアロママッサージ、リフレクソロジー、骨盤矯正、カイロプラクティックなどで患者を集めてやろうなんて思って、専門外のことに余計な時間を割いてしまえば、結局は鍼灸に関しての知識も深まりにくくなるし、技術的にも向上し難くなり、結果的には経営困難になるのがオチだろう。
 
そんなわけで、患者さんから「良い鍼灸院を知りませんか?」と質問された時は、まずは
 
A:鍼灸または鍼灸とマッサージ(按摩)だけを業としている鍼灸院であること
B:実際に淺野周先生の北京堂式を習い、それを忠実に再現している鍼灸院であること
 
の2つをチェックしてもらうようにしている。北京堂式を忠実に再現しているかどうかは刺鍼している写真を見れば一瞬で判別可能だ。素人には判別し難いかもしれないが、北京堂式とか浅野式などと謳っていても、明らかにそれを再現出来ていないような画像をウェブサイト上に貼り付け、患者を惑わしている鍼灸師も実在する。そんなわけで、真の北京堂式であるか否かを見分けるポイントとして、以下の3点を挙げてみる。
 
①刺鍼している部位が明確かつ適切であるかどうか
②使用している鍼が適切であるかどうか
③刺鍼本数が適切であるかどうか
 
①は真偽を最も見分けやすい方法で、基本的に北京堂では疼痛患部や病態に関係すると思しき筋肉へ限局的に刺鍼することが多いが、一体どの筋肉を狙っているのか混乱するような、支離滅裂かつ滅茶苦茶な刺し方であれば、大いに怪しい。例えば北京堂では足底腱膜炎(「足底筋膜炎」ではない)の施術をする場合、足底部への刺鍼は「赤白の際」から横へ透刺するのが基本であり、足底部へ直刺することは厳禁である。足底部へ直刺するのは激痛が伴うし、何よりも直刺するより横刺する方が効果が高いことなどがその主な理由だ。また、腰方形筋や腓腹筋などのように平べったい筋肉は、横刺した方が刺入した鍼体部分の表面積が増えるから、直刺した場合よりも筋肉がゆるみやすくなる、と教えている。そんなわけで、わざわざ効果が少なく痛いだけの足底への直刺は、北京堂では採用していない。しかし自称弟子の中には、足底へ直刺した画像をHPに載せて、「これが北京堂式(淺野式)だ!」と恥ずかし気もなく公言しているケースがある。とにかく北京堂の刺鍼法は明快かつ合理的であるから、私などでも刺鍼した写真や画像をみれば、真の北京堂式であるか否かはすぐに判別がついてしまう。ゆえに、怪しい刺鍼画像をウェブサイト上にアップして、北京堂式をゴリ押ししているようなケースはモグリの可能性が高い。北京堂の実際の刺鍼法については、師匠が出演したたにぐち書店の「鍼灸院開業マニュアル(DVD)」や、三和書籍の淺野周著「鍼灸院治療マニュアル」を参考にすると良い。
 


②は鍼柄(持ち手部分)と鍼体(刺入する部分)を見ればわかる。例えば脊際(背)へ刺鍼する場合、ここは硬い人が多いから8番前後の中国鍼を使うことが多く(上の画像参照)、たまに過敏な患者に5番の日本鍼を使うことはあるものの、わざわざトルクをかけにくいカシメ鍼柄の日本鍼を使うことは稀だ。三角筋も同様に中国鍼を使うことが多い。また、脊際は痩せていれば1.5インチの中国鍼、太っていれば3インチの中国鍼を使うなど、狙っている筋肉や通過する脂肪の厚さを考慮した上で適切な長さの鍼を用いるが、1.5インチを使うべき部位に3インチの鍼を使い、鍼体を半分以上余らせてダラーンとさせたまま置鍼する場合も大いに怪しい。要するに、置鍼時の見た目が美しくない。北京堂では適切な長さと太さの鍼を使うことを教えており、鍼の種類を細かく使い分けている。
 
③の刺鍼本数に関しては、北京堂では多くの場合、短刺、排刺、斉刺、透刺などが基本だから、硬結(シコリのように硬くなった筋肉)があるとか、内反捻挫で前距腓靭帯あたりに刺鍼したり、膝痛で膝眼に刺鍼する以外は、局部に多刺することはあまりない。特に硬結には細い日本鍼を沢山刺すより、太い中国鍼を数本的確に打つ方が効果的だし、患者への時間的な負担も少なく済むから、北京堂では硬結に日本鍼を沢山打つことはあまりない。確かに北京堂式では1度に100~150本程度刺鍼することも珍しくない。しかし、何でもかんでも多く刺せば北京堂式であると勘違いして、三角筋に100本程度の日本鍼を刺して「これが北京堂式です!」と自慢する鍼灸師などが実在するようだが、北京堂ではこういう非効率的な刺し方はしない。日本鍼は鍼柄が単なるカシメ方式になっており、中国針は鍼柄に線材がグルグル巻きになっていて、その上からカシメられているから、パッと見ただけで違いがわかる。
 

また、「骨まで刺すのが北京堂式だ!」という鍼灸師がいるが、北京堂式では狙っている筋肉や患者の感度によって刺鍼深度を明確にコントロールしているため、刺入深度の如何では北京堂式であるかどうかは判別出来ない。さらに北京堂では、狙った筋肉内で鍼を留めるのが基本であり、筋肉を貫いてしまうと効果が悪くなると考えているから、例えば腰方形筋と大腰筋が悪い患者がいたとして、腰方形筋を貫いて大腰筋を刺鍼するより、腰方形筋は横刺、大腰筋は直刺などと、深層筋と浅層筋とを分けた刺し方をすることがある。上の画像のように、腓腹筋なども横刺することが多い。また、霊枢の官針にある十二刺の1つの揚刺を発展させた梅花針や、直針刺がルーツの沿皮刺を用いて表層部の筋肉を刺激することもあるから、必ずしも骨に達するまで深く刺すとは限らない。前述したとおり、患者の感度、つまりは患者の痛がり具合によっては、あえて深部まで刺入しないこともある。例えば、三角筋や中間広筋へ刺鍼する場合、「骨こすり」という技術を用いることあるが、これは刺入時に悶絶するような激しい痛みを伴うことが多いため、わざと骨の付近の硬くなった急所的インナーマッスルを避けて、ユルく浅目に刺鍼することもある。
 
置鍼時間に関しては、北京堂では40分が基本であるが、患者の状態によっては時間を短縮することもある。例えば初診の患者や運動やストレス、過労、寝不足、空腹などによって刺鍼時の血圧の変動に順応出来ないような患者は、刺鍼後に迷走神経脊髄反射などを起こして気分が悪くなることもあり得るから、そういう患者は結果的に置鍼時間が短くなってしまうことがある。かつて木下晴都の実験が証明したとおり、北京堂でも30~40分程度置鍼しておけば筋肉が最大限にゆるみやすくなることを経験的に知っているから、1時間も2時間も鍼を刺したままにしおくことはない。だいたいそんな長時間にわたって患者を寝かせておいたら、他の部分が痛くなったり、ベッドに圧迫された部位が血行不良で痺れたりする可能性がある。ゆえに、「置鍼時間は40分以上と長くするのが北京堂式です!」などという自称弟子の主張は、「北京堂では40分程度置鍼する」と言い換えた方が正しい。まぁこういった表現の違いは日本語レベルの程度に依るのかもしれない。
 
1回の施術で刺鍼する鍼の本数に関しては、患者の元々の病態や、その日の健康状態などによって様々だ。罹患筋が異常に硬くなっていれば、患者は鍼を数本刺されただけで悲鳴をあげてギブアップすることもあるし、繊維筋痛症や筋筋膜性疼痛症候群(MPS)などの患者においては、常時100本以上刺鍼することもある。しかし現実的には、北京堂では30分おきに予約を取っているため、刺鍼に要する実質的な時間は20分程度であり、かなり刺鍼速度が速いと言われている私でも、20分で150本も続けて刺鍼するのは困難である。
 
ちなみに、これは私が経験的にわかったことであるが、1回の施術における刺鍼本数と治療部位数は、ともに増加するほどに治りが悪くなる傾向にあるようだ。つまり、刺鍼による筋肉への一時的なダメージが広範囲になればなるほど、それだけ血液中に含まれる酸素、栄養などの供給量と、不要物質の回収量が増えるため、回復効率が落ちるらしい。遠方から来る患者は1日に2コマの予約を取ってもらって、全身にのべ200本以上刺鍼することもあるけれども、可能であれば日を改めて、4~5日おきくらいに部位別に刺鍼した方が回復が良い。あそこもここもと、一遍に沢山鍼をしてくれと欲張る患者は概して効果が悪く、改善したようであってもまたすぐに元の状態に戻りやすい。
 
そんなわけで、「置鍼時間が長く、刺鍼本数が多いのが北京堂式である」というのは癖論である。これを「置鍼時間が長く、刺鍼本数が多いのが北京堂式の特徴の1つである」と言い換えればほぼ正解だ。これも日本語能力の問題かもしれない。
 
北京堂式は日本の一般的な鍼灸院、鍼灸流派に比して刺鍼本数が多いが、実際の臨床においては前述したとおり、臨機応変にコントロールしている。特に新米鍼灸師が誤りやすいのが刺激量のコントロールの仕方であって、誰でも彼でも沢山打てば良いと言って無茶苦茶に鍼を打つようなケースがある。しかし、師匠が日頃から内弟子に「手の抜き方が重要なんよ」と言っているとおり、常に患者に最適な施術内容を考えて臨まないと、鍼灸で治るやもしれない患者の可能性を奪うことにもなりかねない。つまり、患者は鍼の痛さに耐えきれず、次回の施術を断念してしまうかもしれない。
 
結局のところ、最も重要な問題は患者が効果のある鍼灸施術を享受出来るかどうかであって、そのためには北京堂式であろうと、浅野式であろうと、内弟子であろうがなかろうがどうでも良いのかもしれない。
 
しかし、今後も北京堂式、浅野式、内弟子などと騙り、安易に私腹を肥やしてやろうと考える輩が現れる可能性はあるわけで、そうなれば、素人である患者は増々真偽を見分け難くなるだろう。また、多くの医者や鍼灸師に絶望し、最後の望みと思って限られた時間と金を費やして、藁にもすがる思いで北京堂系鍼灸院へ来院する患者もいるかもしれない。そういった患者の一助となるよう、簡潔ながら、北京堂式の見極め方をここに記した。
 
ちなみに、師匠の内弟子だった鍼灸師はみな真面目で誠実な人ばかりだったから、2011年頃までは弟子にも一定の秩序があった。私も弟子入りが決まった当初は、「お見知りおき」的な意味を込めて、手土産を持参して4人の兄弟子に挨拶して回ったものだ。2012年頃からは単なる見学者だった鍼灸師が弟子だと自称する事例が増えて来たようで、内弟子だった人間から見ても、もはや誰が本当の弟子なのかわかぬような様相を呈している。