• HOME
  • >
  • 「得気」の重要性

「得気(とっき)」の重要性

 
得气(deqi、得気)という言葉は中医の世界では常識だけれども、日本では未だにほとんど知られていないらしい。私が学生だった当時、鍼灸学校で扱っていた教科書には得气について記されておらず、教員も知らず、同級生も知らず、図書館に置いてある自称日本鍼灸界の重鎮だとかいう鍼灸師が記した著名な本にも記されていなかったため、恥ずかしながら私も得气について全く知らなかった。残念ながら日本鍼灸のレベルはその程度なのだと悟った。
 
得气について知るようになったのは、鍼灸師の国家試験を控えた冬に北京堂へ通い出してからだ。師匠である淺野周先生は「得気がないと針は効かない」と常々口にしていた。それまで私は酷い慢性頭痛と腰痛に悩まされ、鍼灸学校の付属施術所やら、著名な経絡治療の鍼灸院やら、日本の一部の鍼灸師から狂信的な人気を誇り、脈診やら腹診やらを重視するS治療という鍼灸を行う団体のボスの右腕と呼ばれていた某先生の施術を週1回、3年余りにわたって受けていたわけだが、微塵も改善していなかった。しかし、北京堂で6回ほど施術を受けたらそれまで全く変化が見られなかった頭痛と腰痛が完治してしまった。
 
北京堂で初めて施術を受けた時は衝撃的だった。それまで受けてきた鍼施術はいわゆる浅鍼治療で、橈骨動脈の脈を診たあとに数か所のツボを軽く刺激するだけだったから、施術時の痛みなど全くなかった。刺鍼時に痛みや響き(得気)があったり、術後にだるくなったり痛みが増したような状況は、私が在籍していた鍼灸学校においては根拠なく全てが否とされていたもんだから、初診後数日間は密かに師匠の施術内容を疑っていた。
 
北京堂ではこれまでに感じたことのない刺鍼痛があり、私の背中の筋肉があまりにも硬かったため、鍼を入れた瞬間に筋肉が強く収縮し、8番鍼(0.30mm)がグニャリと曲がってしまった。一般的に日本の鍼灸院では太くても5番鍼(0.24mm)までしか使わないという知識があったから、8番鍼を使ったことに驚いた。
 
大腰筋に刺鍼した時は大腿神経に沿って電気が流れたかのようにビリッときたりして、これまた驚いた。「ズキッと響きました!」と私が悲鳴を上げると、師匠は「これが得気です。これがないと効きません」と言った。確かに痛かったが、施術後にすぐに腰が楽になった事実には本当にビックリした。術後、師匠は曲がった鍼を「北京堂鍼灸」という屋号が印字された水色の封筒に入れ、「記念にあげましょう」と言って私に差し出した。
 
中国で最も権威がある人民衛生出版社刊の「针灸推拿学辞典」にも記されているように、「灵枢・终始」、「灵枢・九针十二原」、「标幽赋」、「金针赋」などの基礎的な中医经典にでさえ、得気についての記載がある。しかし、当時、日本の鍼灸学校で使われていた教科書には、得気について触れている文章が全くなかったのだ。教員も、S治療のボスも、得気について語ることはなかった。
 
また、「针灸推拿学辞典」には、「歴代の針灸医家は得気を重要視していた。もし得気が至らなければ、候気あるいは催気のような方法で得気が至るように促すべきである」とも記されている。最近では、根拠なくゴッドハンドであると自称する鍼灸師や、医者でもないのに「私は名医100選」に選ばれたと喧伝する鍼灸師、わけのわからぬ肩書ばかりを集めて己を権威付けする鍼灸師がいるらしいが、中国の歴代針灸医家が得気を重視していたことさえ知らぬようであれば、その虎の威を籍りたような権威も脆く崩れ去ってしまうかもしれない。
 
そもそも、中国語で中国医学を勉強している者からしてみれば、古くからある得气なんて言葉も、近年、中国針灸技術の発展に大きく貢献した朱汉章や、刃针针刀の違いについても常識なのであるが、日本ではほとんど知られていないのが実情だ。きっと、真面目に中国医学を勉強していれば、「東洋医学」なんていう曖昧模糊とした用語など使わぬだろうし、ましてや古代から現代にいたるまでの中国医学を知らずに針灸を語ることなんて到底できぬだろうと思うが、残念ながら日本の鍼灸界では、そういう素人に毛の生えたような不勉強な鍼灸師であっても、やり方次第で「権威」となることが可能なのである。
 
たまに、そういう鍼灸師の施術を受けたことがあるという患者が当院へ来院すると、「なぜ脈を診ないのか」とか「鍼が響いて痛い」などと騒いで、怒って帰ることがある。しかし、鍼で本当に重要なのは得気、つまりは響きがあるかどうかであって、どんなに丁寧に脈を診ようが、最新設備が整った大学病院で施術しようが、治せなければ本末転倒に等しいのであるが、経絡治療に心酔している患者にとっては理解し難いらしい。まぁ、「縁無き衆生は度し難し」であって、全てを救おうとするのは土台無理な話なのだ。