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「東洋医学」という装置

これまで日本鍼灸が拠り所としてきた「医学」というモノは主に2種類あって、古代では大陸経由で密教系の僧侶が伝来させた東洋系医学、近代ではオランダやドイツから外国人が持ち込んできた西洋系医学がある。
 
西洋系医学、いわゆる西洋医学は、現代ではある程度体系化され、外科領域では高度な技術を提供出来るまで進化している。しかし、東洋系医学、つまりは東洋医学に未だ強く依存し続ける日本鍼灸においては、多くの医師、患者の支持を得られるような技術は確率されていないに等しい。西洋医学的に言えば鍼灸は外科領域にあたるが、医療器機である鍼は進化しているにも関わらず、施術における技術的な内容においては古代からほとんど変化していないように思われる(まぁ使えるのは今も昔も灸と鍼だけということも大きな要因だが)。その証拠に、日本においては、鍼灸は未だに民間療法とか代替医療の類から抜け出せておらず、医療者からも患者からも、ほとんど頼りにされておらず、15万人以上は存在すると言われている鍼灸師の活躍はほとんど目にすることが出来ない。
 
鍼灸の本場中国においては鍼灸治療が目覚ましいほど発展しており、医療機関に欧米から研究者が度々視察に訪れることはもはや日常茶飯事である。しかし、遺憾ながら、日本の鍼灸を視察に来る欧米人などほとんど存在しないに等しい。
 
欧米人が客観的みても、これといって優れた鍼灸師は日本国内に見当たらないからであろうし、何より鍼灸関係で日本を視察する価値など見いだせないのであろう。例えば北京であれば、毎年新しい鍼灸の研究書が発刊されているし、鍼灸用具も日々進化していて、それらを仕入れるために北京へ行くことは大いに有意義である。実際、私も新たな理論に触れるため、毎年北京へ飛んでいる。
 
日本には驚いたことに、「私は鍼灸界のゴッドハンドである」とか「私は鍼灸界の神である」などと自称して大衆を惑わす賊的な輩が少なからず存在するが、実際には欧米人や日本の医師、患者が真に認め、興味を抱かせるような実力を備えた鍼灸師は存在しないように思える。
 
その原因の一つとして、日本の鍼灸学校および鍼灸師が中西医学を軽んじ、無きに等しい東洋医学とやらを漠然と崇拝していることに根因があると思われる。
 
そもそも、日本では中国ほど鍼灸と漢方がしっかりと体系化されておらず、多くが中医学を少し掻い摘んだだけの内容を学ぶだけで、東洋医学と称するモノをマスターしたとか騒いでいるケースが多々散見される。例えば、鍼灸師に至っては難経と素問霊枢を少し拾い読みした程度の知識で、鍼灸を極めたなどと騒ぐ輩が数え切れぬくらい存在するのである。実際に、私が鍼灸学校にいた時は素問霊枢の教科書さえ存在しなかった。当然ながら金匱要略や傷寒論の注釈本を読む機会もなかった。
 
東洋医学というモノは、実際には日本の誰かが都合の良いように作り上げた、雲をつかむかのような存在であって、実質的な内容は漠然として判然としない。つまり、東洋医学というモノは、中医学の極々一端を取り込み、日本人の勝手な解釈で体系化させたように思わせるモノでしかないのである。これまで日本医学と呼べるようなモノが無かったゆえに、無きに等しい日本医学と、伝統ある中医学をアホな日本人が都合の良いように総称して、あたかも日本に伝統的な医学が存在するかの如く誤認させるための一つの装置として、東洋医学という言葉が作り出されたのであろうと、私は推察している。東洋医学の内容の大半は中医学の内容に準じて作られている、という紛れもない事実は、東洋医学を謳う教科書や書籍を見れば明白である。
 
 

「東洋医学」とは

東洋医学とは何?「私は東洋医学に基づいた…」などと宣伝している鍼灸師に聞いてみよう。きっと答えられないはずである。なぜなら、東洋医学は日本固有の医学でもなければ、中国伝統の医学を網羅している医学なわけでもなく、東洋医学自体が雲をもつかむような存在であるからだ。実際に、東洋医学の歴史を紐解き、それが何たるかを具体的に示すような書物もなければ、東洋医学関係の教科書も中医学をかじっただけの中途半端なモノばかりである。そもそも東洋医学という言葉、東洋医学という括り自体が近代に始まったと思われ、ちゃんと体系化された医学でもなければ、中国医学に比べて医学史と呼べるほどの歴史も持たないのである。
 
実際に、東洋医学というものが日本古来固有の医学を示しているのか、はたまた中国医学を示しているのか、アーユルヴェーダを示しているのか、それらすべてを包括した呼称なのか…。そういった本質的な部分を誰も議論することがないまま、現在まで日本鍼灸師の拠り所となってきた医学、それが東洋医学なのである。
 
現代でも、鍼灸学校では東洋医学概論など記された教科書を購入させられて何もわからぬまま勉強するわけであるが、内容的にはそれは主に中医学の概論であって、中国針灸の授業で使われる教科書の極一部を流用しただけの内容に等しいと言っても差し支えはないであろう。つまり、中国伝統医学の一端を日本流に解釈して、適当にピックアップして、都合の良いようにかき集めた情報をある程度まとめた医学が、東洋医学と言われるものの実態であると推察されるのである。
 
国家試験に受かることを主な目的とした日本の鍼灸専門学校では、国家試験問題に出ること以外に時間を割く余裕が無いのと、厚生労働省から言われた通りのカリキュラムを強制されるため、中国のようにしっかりと「中医学」を学ぶ機会がほとんどない。ゆえに、勉強熱心な者だけが「中医学」を独自に学び、不勉強な者は『東洋医学』だけで「中医学」を学んだつもりになりがちである。
 
私が日本の鍼灸学校で学んだ時はたったの13教科だけで、現在鍼灸学校で使われている教科書も15種類にも満たぬであろうと思われる。今後も3年という日本の鍼灸学校の在学年数が変わらない限り、今以上に使う教科書が増えるとは到底考えられぬ。ちなみに、中国で使われている中医薬関係の教科書は数社から出版されているが、例えば中国医薬出版社からは2007年時点で、鍼灸推拿関係の教科書が7冊、中医関係が31冊、中薬(漢方)薬関係が17冊、中西医関係が16冊もある。これらすべてを勉強するわけではなかろうが、とにかく教科書の内容を見比べてみても、日本の鍼灸学校で使われている教科書と中国のそれには歴然たるレベルの差があって、日本の鍼灸師がこの事実を知ったら、マトモな鍼灸師であれば愕然とせずにはいられないだろう。つまり、なんて日本の鍼灸師はレベルの低いことを学んでいるのだろうか、と。そんなこんながあって、私は鍼灸師としてのレベルアップを図るため、毎年中国へ飛ぶようになったのである。
 
とにかく東洋医学というモノは、日本独自の医学でもなければ、しっかりと体系化された医学ではないと思われる。つまり、中医学や西洋医学と比べると、「医学」とは決して呼べないレベルであるのが東洋医学であり、医学として体系化されていないため、漠然としか学ぶことが出来ないのが東洋医学の実態であると言えるかもしれない。「中医学をツマミ食いしただけの不完全かつ不明瞭な医学」が東洋医学であり、いわば、「ゴースト医学」「ペーパー医学」とも言えるかもしれない。
 
また、「私は古典を重要視している!」とか、「私は鍼医じゃ!(←医師免許がなければ医師法第8条に抵触の恐れあり)」などと騒いでいるわりに、基本的な中医経典や現代中医の現状について触れないような鍼灸師、例えば甲乙経や大成、問対、聚英、针刀、靳三针、得气などの単語の意味を1つも知らないようであれば、日本鍼灸界でゴッドハンドと呼ばれていようが、沢山の本を書いていようが、大きな団体の総帥であろうが、本場の中医からみたら嘲笑されるに等しい存在かもしれない。
 

 
したがって「東洋医学を勉強しています。」とか、「当院は東洋医学に基づいた美容鍼灸を行っています。」などと、常に東洋医学をチラつかせる鍼灸師を私は信用出来ないのである。中医学をちゃんと勉強していて、それらに基づいたり、応用して治療していると言うなら多少は信用出来るかもしれないが、東洋医学という「医学」は「有るようで無い存在」である。ゆえに、そもそもマトモに存在しないモノ(=東洋医学)を勉強するなんて不可能だし、ましてやそれを根拠に治療するなんて出来るはずがない
 
日本において鍼灸が依存し、根拠を求めるべきは中医学と中国針灸学、および最新の西洋医学であり、それは昔から現代まで変化していない。現在では模倣が得意で世界中から非難される中国ではあるが、未だに鍼灸においては日本が模倣者であり、中国は先駆者である。これについては、実際に現代中医学を勉強すれば理解出来るはずだ。例えば、ネットや衛生放送などでCCTVの医療番組である「中华医药」を観るだけでも、日本鍼灸や東洋医学と呼ばれるモノと、本場中医の歴然とした差を垣間見ることが出来るだろう。
 
ちなみに中国では医師が西医と中医のどちらかを選んで分業するようになっており、針灸は中医に分類される医師が行うようになっているため、日本に比べて平均的な技術レベルが高いようだ。しかし、日本では鍼灸師免許と医師免許が分離されていることと、医師は鍼灸学校へ通わずとも医師法上、はりきゅうの施術が可能であることなどから、日本の鍼灸臨床における知識および技術レベルに著しい個人差が見られるような状況になっている。
 
また、中国では医師が鍼灸施術を行っており、西洋医学と中医学が同時活用されているため、科学的なアプローチで鍼灸を行える環境にある。ちなみに、私は東洋医学という言葉自体に胡散臭さを覚えるので、全く使わない。